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BUMP OF CHICKENはぼくの好きな「音楽」ではなかった、かもしれない
カテゴリー: 神保勇揮

文:神保勇揮

大学の講義っていうのはどうしてもこんなにかったるいのだろう。これは全ての大学生の悩みである。新書1冊分の知識を1年かけて講義して、その「新書1冊分」をおよそ20分の1に薄めた内容を聴くためにぼくらの大切な90分が奪われてしまう。これを時間の無駄と言わずになんと言うんだろうか。
というわけで、ぼくはいつも本を読みながら気分転換にノートを取っている。隣の席ではカップルが談笑していた。

男「ねぇ、バンプの新譜聴いた?」

女「聴いた聴いた。藤くんの詩っていつもほんとサイコーだよね。私聴きながら泣いちゃったもん」

男「俺も俺も。「K」とか「ダンデライオン」とかああいう絵本みたいな世界って最高だよね」

またバンプか。ぼくは溜息をつきながらノートを取る。
この「またバンプか」という言葉の裏には「俺の方がかっこいい音楽を知ってるぜバーカバーカ」という優越感がバーニングしているのは想像に難しくない。だけどいつだって勝ち組は彼女とバンプ話をしている彼であり、負け組はそんな彼らを見下すぼくである。だって、この文章にしても傍目から見てサイテーだしね。
こういう態度が友達を減らす事にぼくも遅ればせながら大学入学以降気がついたので、「ま、それはそれでいいんじゃない。俺が好きなのは別のものだけど」という態度を取るようにしている。バンプだろうがケータイ小説だろうが、好きなら好きでいいと思う。カルチャーの楽しみ方なんて人それぞれだし。

けど、今回はこの「人それぞれ」でしかない事をもう少し掘り下げて考えてみたいと思う。

実を言うと、ぼく自身バンプが好きな時期があった。その頃ぼくは中学生で、バンプは「天体観測」「ハルジオン」とシングルを出し、初のメジャーアルバム『jupiter』をリリースしていた。周りでパンプを聴いていたのは野球部のマツモトくんぐらいで、彼にはそれより前にリリースされた「Lamp」や「ダイアモンド」を借りたり、二人してお昼の放送で曲をかけたりしたものの誰もその良さをわかってくれなかった。周りはGLAYやモー娘。なんかで満足している人ばかりで、その頃からぼくは「本物の音楽を知ってるのは俺だけなんだ」とクダラナイ優越感をバーニングさせていたのだろう。高校に入ったら入ったでぼくが中学時代に聴かせてても絶対に好きにならないであろう人達まで「バンプマジかっけぇ~」などと言っていたのにかなり憤りを感じた。その頃にはナンバーガールに出会い、アンチ・バンプに転向してたんだけど。
それ以前・以降のぼくの音楽の聴き方はどう変わってしまったんだろう。

真っ先に考えられるのはぼくが「自分の好きなアーティストがメジャーになるのが許せない症候群」という病にかかっている、という事である。よくいるよね。こういう人って。よくいるのに自分がオンリーワンだと思ってるから怖いよね。ネット用語だと「中二病」って言ったりするよね。

けど、そういう結論で終わらせるのはあまり面白くはない。もう少し掘り下げてみよう。

メジャーな音楽好きの方々からマイナーな音楽好きの方々に向けられるバッシングとして、「歌詞聴き取れないじゃん」「曲がキャッチーじゃない」「歌がヘタクソすぎて聴けない」というものが挙げられる。マイナーな音楽好きの方々はこういった非難にいつも耐えてきたと思うが、こういった齟齬はどこで生まれてくるのだろうか。

思うに、皆どこかで「音楽」の聴き方が変わったのではないだろうか。
ぼくが明らかにそう感じたのは、上に挙げたナンバーガールの解散ライヴアルバム『サッポロOMOIDE IN MY HEAD状態」(これが最初のナンバガ体験だった)をMDから最大音量で聴いた時だった。
イヤホンから流れる爆音に覆われて周囲の音が何も聞こえなくなり、周囲の風景が無音映画のような灰色に変わる。向井のテレキャスがうなる。アヒトのドラムがバカスカいう。中憲のベースはルードかつ直線的だ。ひさ子のジャズマスターが悲鳴をあげる。音、音、音のみ。ぼくは完全に音と一体化した。イヤホンを外した時わずかに感じる耳鳴りがとても心地良かった。まさに「音」を「楽」しんでいた瞬間だったと思う。

ぼくもまたそれまでは良い歌詞を好み、キャッチーな曲に涙を流し、上手い歌に聴き惚れていた時期があったからこそ、バンプを好き好んで聴いていたのだが、音と一体化する瞬間なんて感じた事はなかった。踊れるビートでも絶叫ボーカルでもねばっこいギターでも何でもいいが、この楽しさをわかるとわからないのでは雲泥の差であるようにも思う。

そういった意味で、ぼくがバンプを聴かなくなったのは「曲(演奏)がかっこよくなかった」からなんだろう。音楽として曲(演奏)がかっこよくないのはいただけない。新作『orbital period』も聴いてはみたが、「疾走感あふれるロック・ナンバー」とされる「カルマ」にしても、藤くんの素敵なボーカルを全面に押し出すための平坦なギター・ベース・ドラムなんてそれこそJ-POPのフォーマットじゃないか、とぼくはどうしても思ってしまう。

けど、だ。
バンプはぼくの信じている「音楽」なり「ロック」なりの快楽を提供してはくれないかもしれない。でも今になって改めて聴いてみると(一時期かなり毛嫌いしていた)詩もそれなりに感動できるし、キャッチーなメロディにも良さはたくさんある。これはこれ、それはそれだ。

メジャーな音楽好きの方々とマイナーな音楽好きの方々の間に「断絶」があるのであれば、ぼくはそれを埋める作業をしたいと思う。cinra magazineはその活動の性質上マイナーなバンドを取り上げる事が多いけれど、その分記事や紹介の仕方をキャッチーにしようと皆あれこれ苦心している。
だから、どっちの側にいる人も、できるだけ色んな価値観を楽しんでもらえればと思う。


「会いに来たよ 会いに来たよ 君に会いに来たんだよ
 君の心の内側から 外側の世界まで
 僕を知って欲しくて 来たんだよ」
(BUMP OF CHICKEN/涙のふるさと)

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