« インディペンデントマガジン | トップ | 「援助交際プレイ」がしたいぼくの「どうでもいい想像力」に対する憧憬 »

0227
「面白い」っていう言葉
カテゴリー: 杉浦太一

どうもこんばんは、杉浦太一です。

いつも、色んな人とお会いする機会があるんですが、
わりと頻繁に、「何か面白いことやりましょうよ」ってことになります。

いや、間違いなくやりたいし、やりましょうって話しで、
それだけと言えばそうなんですが、
それこそCINRAを立ち上げる前から
この「面白い」っていう単語はやたらと使う頻度が高いんです。

おまけにこの頻度は、年々、色んな人と会えば会うほど、高まってます。

そして使えば使うほど、この言葉の意味は希釈されていき、
なんだかもはや意味のない、
「今日は天気がよいですね〜」
ぐらいの当たり障りのない共通言語として使うようになっちゃうんです。

もちろんそれは「笑える」っていう意味での面白さではなく
(時にはそういう時もあるけども)、
興味深いとか、たぶんちょっと新しいとか、
そういうかんじで使っているんだと思うんですけど、
この言葉は、何の共通理解もないままに
乱用されている言葉ベストワンなんじゃないかと思います。

前提として何が面白いかっていうのは人それぞれの話しなんですが、
そういうことを考えだすとキリがないので放棄しましょう。笑

そうではなく、日々乱用するこの言葉に、
どんなイメージをもっているのかということを
ある種自己中心的に、常日頃考えていないといけないな、って思うんです。

ふと気がつくと、完全OFFモードで、
家でバラエティ番組見て大爆笑している自分がいます。
この大爆笑、ウソじゃない。
映画を見て、ウッと泣いてしまうのもこれまたウソじゃない。
展覧会で「いやぁこの作品面白いね」なんて、
腕組んじゃって作品観てるのも、もちろんウソじゃない。
全部面白いんです。

一つ置き去りにできないのは、
ぼくたちは面白いと感じていればいいだけではなく、
人に面白いと感じてもらうことをやっていたいということです。
メディアも、アーティストも、テレビのプロデューサーも、
とどのつまり世のビジネスマンも、生産側である以上、みな同じですね。

で、それが、バラエティ番組の大爆笑と、
映画のお涙ちょうだい的なポロリと、
批評家気取りの作品への関心と、
それらをブレンドしていった時に、
ぼくたちなりの面白さがどうやって作れるのか、っていう、ここが重要なんです。

新しきゃいいわけでもなく、
泣きたいところに泣けるシーンを入れることだけが良いわけでもなく、
快適さを提供すればいいわけでもなく、
真面目に批評だけしてればいいってもんでもない。

おまけにそれは、
「だいたいこんな感じだよね」
くらいのレベルでポイって世の中に出しちゃっても、何も、誰にも伝わらない。

「こういう風に面白くしたいんだ」
っていう自分たちの中での確定と自信がないと、
まず届かないんだろうな、って思います。

面白い=○○、
みたいな答えがあったらあまりにもつまらないんだけど、
とは言え、常に変わり続けるこの○○。
「面白い」を乱用できるほど、ぼくはこの○○をまだ知らないし、
もっと自分の現住所を明らかにしながら、定点観測していきたいものです。


と、書きながら結論に至りました。
まとまってなくていつもすいません!

こういうこと書き出すともう止まらなくなるんで、
今度は深夜じゃなくて明るい時間に、
もう少しシャキっと書きましょう!笑

万作編集長、グダグダでごめんよ〜。

"2008年05月

        1
6 7 8 9 10
12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
rss atom