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I上川あや(世田谷区議会議員)インタビュー
「小さな声を届けるための思考」
取材・文:杉浦太一
写真:柏木ゆか
於:世田谷区役所 第二庁舎

誰にでも「こうなって欲しい」という理想像はあるだろう。今回インタビューさせて頂いた上川氏は、実現が難しい理想と、変えるべき社会的現実とのギャップに苦しみながら、理想を実現させる方法論を身につけた人物だ。女性でありながらも男性の身体を持つ性的マイノリティーとして生まれたことをきっかけに、政治の場で現実と戦っている彼女にお話を伺った。

「人に期待しているだけじゃダメだと思った」

まず上川さんご自身のことについて伺いたいのですが、小学校や中学校の頃は「男の子」だったわけですよね? やはり違和感のようなものはお持ちだったんですか?

身体が男の子だから自分が男の子であるということは頭ではわかっていましたね。でも、どうも男の子であることが自分のなかでウソ臭いという感覚はありました。自分らしく素直に振る舞うと、どうやら一般的な男の子のそれとは違うらしいんですよ。それで大人からよく「しゃきっとしなさい」みたいに言われたりして。自分のことを「ぼく」とか「俺」って呼ぶことにも違和感がありました。でも、そもそも身体という根拠を取り除いてみると、自分をなぜ男と思うのか、女であると考えるのはなぜか答えられる人はいないと思うんです。

それはたしかにそうですね。本能ではなく、その性別として社会に規定されているから、というのが一番強いと思います。

でも社会はそんな私たちの自然な感覚をイレギュラーな存在として扱い、ニューハーフやオカマという言葉でネガティブなイメージを持つわけです。そんな社会の空気を吸い込んで大きくなる私たちは、やっぱり自分が間違っているんだ、と社会から思い込まされてきた。今はそれが「刷り込み」だとわかるけれども、そのことに気がつくまで、みんな何年もの時間をかけているわけです。

もちろん、その思いを押し殺し続けたままだった方もたくさんいらっしゃるんでしょうね。

そう。でも自分が生まれ育った環境をスタンダードだと思うのは大間違いで、性のマイノリティーのとらえかたは本来、多様です。同性愛者を死刑にする国もあれば、男同士でも、女同士でも、性別に関わらず愛し合うカップルが平等に結婚できる国もある。世界の中でこれだけ違う価値観があるのにも関わらず、自分が触れてきた社会だけを信じ込んで踊らされるのはやめたい。人や社会が決めた人生ではなく、自分で決めた人生を歩いていこうって思ったんです。

精神的な部分以外でも、ご苦労なさったことはあったんですか?

03年春、選挙に立候補する以前の私は、一見ありふれたOLでした。かつて「男性」だった素性を明らかにすれば会社の同僚や友達が離れていく可能性があったから、身近な人にさえ本当の事情は言えなかった。でも、私の場合、男性として生きた5年間のサラリーマン時代とその後の女性としてのOL時代で社会制度上の性別がかみ合わない。ですから、社会保険の性別につまずいて正社員にはなれない。保険証を使うと性別一文字でトラブルになるから病院にも行けない。替え玉投票だと思われるから選挙にも行けない。泣き寝入りは嫌だったから、役所や裁判所に書類の性別変更を訴えたんですが、受け入れてくれなかった。結局、影をひそめてひっそりと暮らしていくしかなかったんです。

社会と距離を置いて、そういった同じ境遇を持つ方々とだけ生きるのではなく、その枠の外へ一歩踏み出すには相当勇気が必要だと思いますし、リスクもあっただろうと思います。

確かに勇気が必要だったけど、「自分らしさ」をあきらめたくなかったんですね。自分にしっくりこないものは勇気をもって捨てて、トライしてみて、しっくりくるものは取り入れているうちに、3年たって「女性」にたどり着いたに過ぎないんですよ。もちろん迷いはあったし、つぶれそうにもなりました。でも何かを得ようとすれば、何かを失う覚悟もやっぱり必要です。単調な道のりではなかったですけれど、今、「自分自身」にたどりついたと実感しています。

つぶれそうになりながらも、上川さんを突き動かしたのは何だったんですか?

自分を押し殺して、社会的に安全な道を歩くのと、本当の自分を探しに行くのと2つの選択肢があって、社会との摩擦を選ぶのか、心の中に摩擦を抱え込むのか、究極の選択だった。でも、自分にウソをつき続けて、架空の人物を演じても幸せなんかじゃないってわかってた。何かを変えたいんだったら、たとえリスクがあったとしても動かなきゃ。人に期待しているだけじゃダメだと思ったんです。

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「数の論理じゃ不利でも、議論で勝負はできる」

実際に政治の世界に入られて、どんな印象を持ちましたか?

私たちの街や国の将来、一人ひとりの権利や義務に無関心でいると、いつの間にか決められていくことに、恐ろしさを感じました。政治は何かを変える手段に過ぎません。しかし何かをしたいから政治家になったわけではなく、ただ、政治家でいたいだけの人も多いんじゃないかな、と感じました。

それはぼくたちが持っている政治家のイメージにも近いと思います。

ただ、政治不信を語るのはすごく簡単だけど、政治家の質は、私たちの程度を示す鏡なんだなって思う。選ぶのは私たちです。だからこそ、市民の側もしっかりと考えて、おかしなことは声を出していかないと。でも、この日本という国では、政治が自分たちとどういう関わりがあるのか、その付き合い方について何も教育されていません。「国民主権」っていう言葉は習うけど、自分たちが主人公となって国や街をつくっていくんだっていう自覚、クリエイティブに政治を活かす方法論を身につけていないんですよ。違和感を覚えても、それを変えてゆく行動の起こし方を知らないんです。

例えば下北沢の再開発問題にしても、市民運動自体は起きていますよね。そこにある想いは、議会に伝わっているんでしょうか?

議会で常々感じるのは、市民と議会との距離です。足をクタクタにして必死に集める署名活動も、役所に署名簿が提出されたあとは、機械的にデータが処理されて、「署名12,300通」と書かれた1枚の紙ペラになってしまう。それでは、一人ひとりの熱意や行動をともなった汗は、なかなかリアリティをもって伝わっていきません。議員のもとには日々たくさんの書類が届きます。大量に配布される書類の1枚、そのたった1行の数字の羅列に込められた想いがどれだけ伝わるのか、現実的に考える必要があります。そういう、どうやったら実際に社会を動かしていけるかっていう、市民と議会、市民と役所の拘りあい方が知識として抜け落ちちゃってるんですよ。

では、伝える為の方法論として、上川さんならどうしますか?

議員も役所の人も人間です。だから直接、熱意を伝えるのが一番効果的だと私は思っています。こんなこと勧めていいのかわからないけど(笑)、どうせ役所に意見を言うのであれば、投書にしたほうが証拠が残ります。書面を出すのであれば職員に出すより、それこそ区長の家に直接手紙を送るとか、区長や議員に直接会って手渡すとか、「2、3分だけでも話しを聞いてください」って生身の言葉で訴える方がよっぽど効果があると思うんです。区長も議員も私たちの代表、市民の奉仕者なわけですから、彼らを使わない手はないわけです。これがいわゆるロビイングのコツですね。しっかりと論拠と誠意を持って熱意を伝えれば、署名活動やビラ配りに精を出すよりも、ずっと効果的だと思います。

※ ある特定の主張を持つ個人や団体が政府の政策に影響を及ぼすことを目的として行なう私的な政治活動。議会の議員、政府の構成員、公務員などが対象となる。(wikipediaより引用)
>羽野君 「ロビイング」のとこ、オンマウスで上の説明がでるようにするので、色をつけて下線いれてください。

伝える為には、そういうある種のしたたかさというか、戦略的な方法論が必要なんですね。

そうですね。区長も議員も人間です。困っている人が助けを求めれば、なんとか解決してあげたいと思うのが人情です。でも、議員なら誰でもいいのかというとそれも違う。「議会で言うべきことは言った!」と、パフォーマンス先行で、結果は二の次という議員も存在します。結局、役所と議員の対立が深まるだけで、余計に事態を複雑にしているケースも多いんです。それでも、そんな議員に拍手を送って、支持する市民もいるから当選するんですが。一人ひとりの市民が賢く、役所や政治家と付き合わないと、結果的に社会システムは変えられないんです。議会は多数決だ、という考えは、半分は当っていないと思います。たった一人の議員でも、問題を徹底的に分析して論点を整理し、相手とタイミングを見極めて、効果的に議論をすれば、議会での議論に勝つことができます。議会の発言は公開が原則で、後世まで全て記録が残ります。議会では役所も馬鹿な議論はできません。議論で負けたら、ミスを認め、よりよく改める行動を約束しなければなりません。だから、数では勝てなくても、議論では勝てる。言葉のもつ力で、変えられることもあるんです。

主張を本当に実現させたいなら、プレゼンテーションのやり方を綿密に練ることが重要だと。実際に上川さんが実現されたことにはどんなことがあるんですか?

例えば点字ブロックです。点字ブロックの規格が統一されたのは2001年です。それまで多種多様なブロックが街中に敷かれてしまいました。バリアフリーに力を入れてきた世田谷区ですら、「止まれ」と「進め」の違いが分からない危険なブロックがあふれています。点字ブロックが特にたくさん敷かれている区役所の周辺では、実に67%のブロックが間違えていました。どの議員も「バリアフリーの街づくりをします」と訴えます。でも、足元のブロックの過ちに気づけない。結局、自分の常識を疑わないからです。この問題を議会取り上げた結果、区内の全ての点字ブロックが点検され、今、張り替え工事が進められています。もう区役所周辺は全て敷き替えられていますよ。私のように、たった一人の無所属の議員でも、議論で圧倒することができれば、街そのものを動かしていくことができるんですよ。だから、市民も議員を賢く選び、使う、ロビイングを身につければ、政治はずっと身近で、自分の人生に役立つものになります。

最初は小さくても、そうした私的な活動から状況を変えていけることを上川さんは体現していらっしゃると思います。それでは最後に、上川さんが政治家になる前と後で、最も変化したことって何ですか?

かつての私は、政治に興味なんてほとんどない人間でした。ただ、自分らしく生きたいと願ってきたありふれた市民の一人です。でも社会の逆風を人一倍感じて生きてきて、あらためて政治に目覚めました。個人の努力だけじゃ、人は決して幸せになれない。それを取り巻く社会も変える必要があったんです。だから政治家であることは、やっぱり目的ではなくて、手段に過ぎない。本当の自分で生きようとしたら、本当の気持ちを明かしたりしたら、いろいろなものを失うんじゃないかと恐れていました。でも、結果は決して悪いことばかりじゃなかった。世の中の価値観は多様です。世間も捨てたもんじゃありません。本当の自分を明かしたら、嫌な人に会う以上に、寛容で素敵な人たちにたくさん出会えました。紆余曲折はあったけれど、今が一番、自分らしいって思います。そして、社会の「常識」や「ふつう」の嘘を改めて見つめるようになりました。私が社会の偏見や制度の壁をくぐり抜けてきた体験を、それができた幸運を、社会のよりよい変化に役立てていたいと思っています。

上川あや
1968年東京生まれ。2003年、日本で初めて性同一性障害であることを公表の上、世田谷区議会議員選挙に立候補し、候補者72人中第6位で初当選。2003年5月より世田谷区議会議員。2005年4月、性別の変更が認められた。2007年4月、世田谷区議会議員選挙に立候補し、候補者71人中第2位(現職最高位)で再選。
著書に『変えてゆく勇気〜「性同一性障害」の私から』(岩波新書、2007年)
→ オフィシャルサイト





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