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「批評」って、字面からして面倒くさい。

ほとんどの人はそう思うだろうし、「批評」とよばれるものは実際に面倒くさいものが多いんじゃないかと思う。無駄に使われる意味の分からない単語と小難しい文章は、「絶対もっと簡単に言えるよね?」という突っ込みを入れたくなるし、読者をふるいにかけているかのような敷居の高さを感じてしまう。そうした「勉強してから来い」というスタンスが、「批評」という言葉に悪いイメージをつけてしまっていることは間違いなくて、そんな現状に「何か違うよね」と思ったのが、この特集のきっかけだった。

たとえば雑誌のCD・書籍レビューだけじゃなく、Amazonのカスタマーレビューだって批評なんじゃないだろうか。ブログに書かれた映画の感想だって、上司が部下を怒ることだって、先生が生徒をさとすことも、批評だと考えてみる。逆に、とても難解な言葉を使って書かれた「批評文」でも、それが本当に批評なのかどうか、疑ってみるのもいいだろう。

批評って、果たしてどういうものなのか。

前号の特集で、批評家の佐々木敦さんがこんなことを話してくれた。

批評というのは、読者と批評対象(アーティスト)に対してのコミュニケーションだと思うの。それは読者がそれを読んで面白いとか、得ることがあると思ったり、批評対象が書かれて良かったなとか、なるほどなと思えるようなものであって欲しい。僕は基本的に批評家と名乗りながらもあまりクリティカルなこと、つまり批判はしないんです。批評を書くということは、実践的で生産的でないと意味がない。クリティカルな批評というのは、ある対象に対して「これはダメ、ここが良くない」とか言っているだけで、それを書いた人は利口に見えるかもしれないけど、読んだ人にとってはその作品そのものは何も光らないじゃない。

この話を聞いた時、今まで頭でっかちなものだと思っていた批評が、とても身近なもので、自分やみんなが日常で行っているコミュニケーションの中にも存在していることに気がついたのだ。
それはたとえば、好きな友人や恋人、仕事仲間を勇気づけたり、自分なりに相手を想ってアドバイスを送ることにも近いかもしれない。それによって、相手がより良くなる可能性もあるし、もしそれを公の場に「書く」のなら、相手の価値が世の中で認められる可能性だって出てくる。そんな素敵な変化を起こすために、相手(や読む人)に分かりやすく、たのしく、自分の意見を伝える。それがこの特集で考えたい「たのしい批評」だ。
だから批評する場所は、ブログでもmixiでもカスタマーレビューでもいいし、日常の些細なコミュニケーションでもいいと思う。いつでも誰でも自分なりに、相手を想って伝えようとすること。簡単なことではないけど、難しいことでもない。そんな批評の方法論を考え、その魅力を見つめてみたい。

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