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問題児、鹿野淳のジャーナリズム

インタビュー:神保勇揮
構成:柏井万作
撮影:井手聡太

鹿野淳という人は、ロック雑誌として確固たる地位を築いていた「ROCKIN'ON JAPAN」で、浜崎あゆみの特集を組んでしまった人だ。「何か違くない?」という読者からの大反発も恐れず、自分が見据えたコンセプトを貫き通す彼は、分かりやすく言えば「問題児」であり、そのため批判されることも多い。そんな問題児、鹿野淳はロッキング・オンを退社後、自ら会社を興して音楽雑誌「MUSICA」を創刊した。果たして今度は何を目論んでいるのか、その真意を問いに向かった彼の根城で、彼を突き動かす原動力に接触した。

鹿野 淳(しかの あつし)
1964年東京生まれ。1990年、株式会社ロッキング・オンに入社。「BUZZ」「ROCKIN'ON JAPAN」の編集長を歴任した他、夏フェス「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」の立ち上げに携わる。2004年に同社を退社し、有限会社(のち株式会社)FACTを設立。2007年3月には音楽雑誌「MUSICA」を創刊し、発行人・編集長を務めている。その他、「SPACE SHOWER HOT 50 チャート★コバーン」(スペースシャワーTV)など、TVやラジオにレギュラー番組を持ち、音楽ジャーナリストとして幅広い活動を行う。

人をアイドルにするより、楽曲をアイドルにしたい

―今日は鹿野さんに、批評やカルチャー・ジャーナリズムについてお話を伺いたいと思ってるのですが、鹿野さんは雑誌編集以外にも様々な活動をしていらっしゃいますよね。

浮ついてるんですよ。だから、アンチ鹿野がすごく多い。

―いやいや(笑)。でも、どうしてTVやラジオ番組を持つようになったんですか?

しゃべれる編集者がいないんでしょうね。ぼくはラッキーで、しゃべれる編集者だったから、仕事が沢山くるんです。そういうわけで最近、ぼくは音楽雑誌編集者ではなくて、音楽ジャーナリストなんだと思うようになりました。雑誌編集者として番組を持っているわけではないので、そう考えないとつじつまが合わないんですよね。「音楽を語る人」というのが、今の自分の仕事なのかなって。

−編集長としてのキャリアの始めはロッキング・オン時代の「BUZZ」ですか?

そうですね。当時の「BUZZ」は、潰れそうな雑誌だったんですけど、この、売れてない雑誌を任されたということがだいぶラッキーだったんですよ。要するにそれは、その雑誌を変えなさいってことだし、自分がやりたいように好き勝手できるということですよね。それでぼくは、90年代半ばくらいからはまっていたテクノやクラブミュージックをロックマガジンに取り込もうと思ったんです。ロッキング・オンの読者からハゲだのデブだの言われているDJ界の人をちゃんとメインに据えて雑誌を作れるように努力したんですよ。

―その努力の一環として、イベントオーガナイザーとしての活動も始まったんですよね。

テクノを成功させるためには、そこの現場の人を取り込まなきゃいけないのと、ロッキング・オン社で抱えている読者にその現場の楽しさを教えることが重要だと考えたんです。それで、イベントをやり始めたんですよね。club asia(500人規模)で開催した「BUZZ NIGHT」というイベントが最初でしたね。

―そして今でも、イベントを主催し続けているわけですよね(笑)。

何しろ現場が好きで、今でも朝まで平気で踊る人間なもので。だから、ROCKIN'ON JAPANの編集長になってからもLIQUIDROOMで「ライブ・ジャパン」を開催したり、「ROCK IN JAPAN」というフェスティバルを作ったりしましたね。

―夏フェスを主導した理由はどんなところにあるんですか?

自分が雑誌を作っていると、「次号の表紙は誰なんですか?」ってよく訊かれるんですけど、それと同じように「今年のフェスは誰が出るのか」というのが世の中の話題になっていて、ロックフェスが十分にメディア化していることに気づいたんですよね。それでそのときに、ロックメディアである会社が、新しいロックメディアのあり方としてロックフェスをやるっていうことは、至ってフラットなことなんじゃないかと思いました。それで「ROCK IN JAPAN」を始めたんですよ。

―その「ロックメディア」についてですが、鹿野さんがROCKIN'ON JAPANの編集長になって、例えば浜崎あゆみの特集を組んだり、物議をかもすことも多かったですよね。「それがロックなのか?」と。

BUZZ同様に、ROCKIN'ON JAPANも明確に雑誌を変えるビジョンを会社に求められて着任したんです。当時のROCKIN'ON JAPANはうまくいき始めていた時期だったので、さらに雑誌をグローバル化していって、リーディング・マガジンとして確立して欲しいという話があったわけです。それで、200万人と対峙してるアーティストの中には、「スピリットとしてロック」な人がいるはずだと。それでぼくは、宇多田ヒカルさんや浜崎あゆみさんを取り上げさせていただいたんです。

―なるほど。お話を伺っていると、鹿野さんは常に明確な「コンセプト」を持って雑誌を作っている方だと思いますが、新しく創刊した「MUSICA」のコンセプトとは具体的にどういったものなんですか?

音楽雑誌というのは今、お子様化しているものと、オヤジ化しているものに二極化しているんですよ。現状では、最新のアーティストを扱う雑誌よりもレッド・ツェッペリンとかフーとか昔のアーティストを扱ってる雑誌のほうが売れていて、30代後半からをメインターゲットに据えた音楽雑誌が成立している。その一方で、ROCKIN'ON JAPANを含む他の音楽雑誌のターゲットは14、5歳がメインになっているんです。そうやって二極化している中で、人生の葛藤と何かをシンクロさせて読んでいくっていう、音楽雑誌にとって一番ディープで一番ダイレクトな層に向けての雑誌がないと思ったんですよね。だから自分は18、9から22歳に読んでもらうことを念頭に、MUSICAを作っています。

―他誌との違いは、具体的に雑誌作りにどう反映されているのでしょうか?

人をアイドルにするより、楽曲をアイドルにしたいと思っています。それはつまり、音楽自体を、楽曲自体を語っていくということです。そこにメインを絞っていけば「ROCKIN'ON JAPANみたいな雑誌をまた鹿野が作り始めた」って言われないで済むんじゃないかと思ったし。そういう形で始めたのがこの雑誌ですね。

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「まともな批評をやってる媒体が少なすぎます」

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