『nu』戸塚泰雄
人と人を掛け合わす、「対談」という方法論
文:柏井万作 構成:松本香織 写真:井手聡太
編集長:戸塚泰雄
Profile
1976年生まれ。大学を卒業後、音楽誌『ロック画報』の編集に携わる。デザイナーとしては、隔月発行している雑誌『エクス・ポ』のアートディレクターを務める他、書籍の装丁なども手がけている。 書誌データ: 『nu』 (えぬゆー)vol.2 定価:1000円(税込) sold out
B6変形判 166ページ
http://nununununu.net/
<コンテンツ見出し> ・佐々木敦×宇川直宏 ・大谷能生×磯部涼 ・岸野雄一×細馬宏通 ・対談当日のブログ(計101本)&ニュース ・ビバ彦「モーニング娘。is Dead or Aliveモーヲタnot Dead」 ・平岡正明「俺はちょっとセンチになったぞ」 ・野中モモ「ワッツ・タワーズとかえる目」 宇波拓&泉智也「闇より来るもの」(マンガ)
<本文>
誰かと顔と顔を突き合わせて真剣に話し合ってみると、思いがけず自分の考えが整理されたり、新たな発見をしたりすることがある。そんなとき、「この会話、録音しておけばよかった〜!」と悔やむ。自分一人の知識や経験値などたかが知れている、と言ってしまえば「努力しろ」というだけの話なのだが、生きてきた時間の中で経験できることなど限られているわけで、やはり一人よりは二人で考えた方が幅は広がる。もちろんケンカ別れするなんてこともあるだろうし、そこに介在する「コミュニケーション」はとてつもないエネルギーを要求してくる。何せ「コミュニケーションの現場」では、自分を脚色し保身する余裕など微塵もなく、ありのままの自分自身が露呈してしまうのだ。生々しい経験だけが説得力を持つ、ある種の戦場とも言えるその場が、しばしば「録音したくなる」くらい貴重な場になるのはその為だろう。 戸塚泰雄が一人で作り上げている『nu』では、誌面のほぼ全てを「対談」に割いている。2008年3月現在、発行されているのは2冊のみ(第三号を編集中)。記念すべき第1号のメインコンテンツは岸野雄一と宇川直宏の対談。第2号は、宇川直宏と佐々木敦の対談である。みな一言では説明し切れない様々な活動に身を投じ、日本のカルチャーに少なからず影響を与えている方々だ。戸塚が「岸野さんと宇川さんが話したらどうなるのか、横で見てみたかったんです (笑)」と語るのも頷けるセレクトではあるが、実のところnuは、話す場を設けた末、ほぼ完全に放置する。何か具体的なテーマを設定して話を掘り下げるという一般的な対談とは一線を画した、言ってしまえばただその時その場で行われた、コミュニケーションの記録なのだ。 「商業誌には出来ないこと、はどこか意識していたかもしれません。というのも、それまで音楽雑誌の編集をやっていたんですが、ふつうの商業誌では対談にあそこまで誌面を割けないですよね(笑)。でも個人ならそれが出来てしまう。あと、結果が先にわかっているようなものにはあまり興味がもてないんですね。それって道を一本に決めちゃうようなものじゃないですか。ぼくは寄り道や回り道をしながら急に景色がひらけたりしないかと期待してたりするようなたちなんで(笑)」。 こんな戸塚の発言を耳にすれば、世の商業誌は「所詮は採算の立たないお遊びでしょ」と鼻で笑うかもしれない。ところが残念、nuは確実に支持を集め、採算を立てながら発行を重ねている。実はぼくも、どこかの書店で何気なくめくったnu第2号に“巻き込まれてしまった”一人だ。前述した通り、これまで「ただの会話」以上の価値を認められず、本人たちだけに閉ざされていた「コミュニケーションの現場」では、その場にいる人間が着飾る間もなく裸体をさらし、経験と知識の蓄積が惜しげもなく披露される。整理され、それ相応に脚色される“文章”に比べ、“会話”は荒削りで配慮に欠ける表現かもしれないが、圧倒的に分かりやすく、親しみやすい。特別な読解力を必要とせず楽しめるのだから、読者のほうにちょっとした興味さえあれば、ぼくのように“巻き込まれる”のは容易い。様々な雑誌で書き原稿よりもインタビュー原稿に人気が集中することでもその魅力は証明済みだろう。そしてnuで特筆すべきなのは、その場を放置し、ありのままに記録することで、話がどんどん逸脱していく点にある。しかし戸塚は敢えて、「商業誌であれば、特集のテーマや、紹介しなければならない商品についてのコメントを得るために、適宜質問をしたりして取材を進めなければなりませんが、nuにはその必要がないので、『あれ、だいぶ脇道に逸れてきたなあ…』なんてときも、そのまま見守ってるというか、むしろ他にも道がないか一緒に探したりするところがあって(笑)」というように、その流れに干渉しない。しかしそのお陰で、様々な知識の断片が披露されては飛び火し、読者の興味や知識欲を刺激していく。いつの間にか「ししゃも」について語ったり、「巨乳」が何タラと言ったりという男たちの日常会話までもがバッチリ収録されているのだ。こうして彼らがその場でコミュニケーションを行っているように、読者も読みながら誌面とコミュニケーションを続けている。だから、話が脱線することによって生まれる場の緩急が、読んでいて妙に自然で心地良い。そうした安心感が全体を包み込みながらも、カルチャー界を賑わしている人物たちの実感が、分かりやすく読者に伝わってくる。ここに、編集者「戸塚泰雄」の妙を感じざるを得ない。 「これが何かのきっかけになればうれしいですね。マニアックな固有名詞にも、読むうえで差し支えがなければ、なるべく注で補足したりはしないようにしています。過剰な説明はときに不親切であったりしますからね。ぼくは全然マニアじゃないんで、データ的な部分に重きを置いていないというのもあるかもしれませんが。『戸塚君の好きな人たちに話を聞いているよね』って言われるんですけど、それはちょっと違っていて、たしかに好きな人たちではあるんですが、その人たちのことをもっと知りたいからとか、みんなに知ってもらいたいからとかではなくて、ある日、ある人とある人が対話をしたときに、そこでたまたま生じた面白かったところや魅力的な何かを、なるべく損なわないような形でお伝えしたい、というような感じなんですよ」。 このエピソードからも分かる通り、nuは戸塚本人の「好奇心」を糧に作られている。そこに『インディペンデントマガジンの逆襲』というこのコンテンツで、nuを取り上げたいと考えた理由がある。レビューなどの具体的な批評文や、企画性のある特集は存在しないものの、話の中に登場するアーティストやスペース、そして何よりも社会に対する問題意識に、読者は興味を抱かずにはいられない。対談に登場する人物たちが批評的であることは言うまでもないが、『nu』というメディアが、既存のメディアに対して高い批評性を有していることに気がつく。何か気になる物事の断片が至るところに転がっていて、しかし誌面上では“得体の知れない何か”以上の解説がなされないとき、読者はnuという雑誌から問いかけられることになるだろう。「さあ君はどうする?」と。 「佐々木敦さんがUNKNOWNMIXっていうレーベルをやってますけど、アンノウンなもの同士の交流が、これからは求められるかもしれないですね。趣味の近いひと同士は色々と繋がりやすくなりましたが、コミュニティがある程度成熟したり細分化したりしていくと、自然と外部に目を向けるようになると思うんですよ。雑誌って色んなコンテンツが混在していて雑多なのが大きな魅力で、ある人のインタビューを目当てに買ったものの、ついでに読んだ隣りのコラムの方が 断然面白かった、みたいなことがあり得るわけですよね。もちろん、それはウェブでもあり得ますが、雑誌をめくるのと検索したりリンクで繋がっていくのとでは、アクセスの仕方も結果も異なるわけで、そういうそれぞれの特性を見極めたうえで、できれば相互に交通をもたせつつ、今までの雑誌の概念とは異なるなにかが生まれてもいいような気もするんですけどね。そういえば、そういう感じのものではありませんが、これまで単行本的な作りだったnuも、次号はわりと雑誌的になるんですよ」。 この記事が公開される頃には、nuの第3号が発行されているかもしれない。メインの対談は、「宇川直宏×菊地成孔」。今度はどんな刺激を与えてくれるのか、楽しみで仕方ない。
