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『AFTERHOURS』 大漉高行

“走りながら考える”をモットーに疲弊する、音専誌の孤児
取材:柏井万作
構成:柏井万作・松本香織
撮影:井手聡太

編集長:大漉高行
1965年2月生まれ。音楽・楽器専門出版社リット−ミュージックにて長年編集に携わる。同社を退職後、1997年4月に元同僚の松屋恭子、福田教雄と共に音楽専門誌『AFTERHOURS』を創刊。それに併せて、国外からアーティストを招聘してのイベント企画や、音楽レーベルの運営を行っている。

『AFTERHOURS Issue#24』
定価:2520円
判型:A5
ページ数:186p (CD2枚、DVD1枚付)
発行:不定期

<のコンテンツ見出し>
・特集1:「Reykjavik!Reykjavik!Reykjavik! 〜氷の国の小さな互助会風ミュージック・コミュニティー〜」
・特集2:「Future Friends of Brooklyn 〜ニューヨークの片隅に咲いた脱拝金主義者のためのDIYコミューン〜
・KIM HIORTHOY 〜最新全仕事紹介&アート・スタジオ・レポート〜
・孤塁の人〜PLUSHが噂の最新作を語りつくす?
・満身の人〜HIM最新作レコーディング・レポート
・ 気質の人〜ハンドメイド・ヴァイナル職人、PETER KINGって何者だ?
<CD×2>
Skakkamanage、Seabear、Plush、HIM、GLORYTELLERSなど、全27曲収録
<DVD>
・ 「Rafskinna〜Japan Edition」 Bjorkインタビュー他
WEB SITE

まず『AFTERHOURS』を知らない読者に説明せねばなるまい。この雑誌は、日本では無名な海外のアーティストを数多く日本に紹介してきたメディアだ。例えばアニマル・コレクティブだったり、マイス・パレードだったり、ムームといったアーティスト。今現在では、それぞれ世界的に評価を受けるアーティストに成長しているが、そうなる以前からAFTERHOURSは彼らを日本の音楽リスナーに紹介してきた。誌面で取り上げるだけではなく、数え切れないほどの来日イベントを企画し、時には制作費を出資してレコードをリリースしている。その多くは、ニッチな洋楽ファン層が主なターゲットになる為、AFTERHOURSの実利は決して多くないし、社会的評価も伴わない。しかし、彼らの活動が日本の音楽シーンに与えてきた影響は、計り知れないのだ。

一方で、AFTERHOURSがこの特集で取り上げるべき批評誌かと問われれば、返答に詰まりもする。編集長であり発行人の大漉が「こういう音楽を扱う雑誌自体が少ないですから、どちらかと言えば “音楽批評”ではなく、“音楽紹介”という性格をもつ雑誌なんです。他にもウチみたいな雑誌があったら、もっと“音楽批評”が入ってきてもいいですけど」と言う通りだ。それでもこうして原稿を書いているのは、AFTERHOURSがここ数回の発行の間に、明確な「ジャーナリズム」を感じさせる雑誌へと変化したからだ。その変化について大漉は、「身近で下北沢の再開発問題があって、『地域コミュニティーってなんだろう?』とか色々と考えたんですよね。それがきっかけで、例えば『今アメリカで面白いことが起きていますよ』ってただ単に紹介するんじゃなくて、社会的なバックグラウンドとか、その理由も込みで伝えたいと考えるようになりました」と語っている。

現在も下北沢に事務所を構えているAFTERHOURSだが、実は下北沢再開発計画によって前の事務所からの立ち退きを余儀なくされた。その不条理ないきさつについては、AFTERHOURSの23号に詳しく書かれているのだが、その号こそ、ぼくがこの雑誌の変化を強く感じ取った1冊でもあった。「NO LIFE NO MUSIC〜僕らを取り巻く、21世紀の雑景」という特集が組まれたその号では、音楽家に話を聞いてはいるものの、テーマは「生活」であり、一般的な音楽専門誌とは一線を画す内容だった。そして次の号、2008年3月現在の最新号である24号でもまた、アイスランドの首都レイキャビク、そしてニューヨークの片隅ブルックリンのコミュニティーを取り上げ、特集している。どちらも、これまでの音楽誌の語り口とはどこか違う、カルチャーが育まれる土壌が描き出されているのだ。
AFTERHOURSのブログには、次のようなエントリーが上がっている。
「事実ではなく真実を」と誰かが言ってた。
アフターアワーズが「紙ならではの表現」とか「ジャーナリズム」というものを意識し続けるなら、光明はそこの一点突破だ。
以前このブログで新聞というメディアの可能性について書いたけど、WEBニュースやTVニュースにない新聞報道の武器はその一点に尽きる。
「いつ、どこで、だれが、何をしたか」というタダで手に入る事実は何も語らない。
「どんな環境で、どんな人間が、何でそんなことをしなければならなかったか」という真実を、金を払っても俺は知りたい。

「じゃあ、音楽誌はどうなのよ」の答えが、うちの雑誌の特集にある(はず)。
大いに手前味噌で悪いが、新譜対応の提灯アーティスト・インタビューや、ねつ造した新ジャンルの特集、気取ったグラビア、業界向けのレビューには特段興味がなくなった。
今は地域コミュニティー、社会に関心があるのよね。

(AFTERHOURSブログ2007年10月5日付より)

AFTERHOURSの変化を裏付けるこの文章では、彼らが「ジャーナリズム」を意識していることがしっかりと明文化されている。今最も「音楽ジャーナリズム」に根ざしている雑誌はAFTERHOURSだと断言することに、ぼくは少しの抵抗感も持たない。それは手前味噌でも何でもないのだ。

音楽作品ではなく、カルチャーを取り巻く環境や状況を取り上げるところに、現在のAFTERHOURSの批評性が見出せる。そしてまた、自らが生きる日本の社会を批判するような語り口ではないところが、この雑誌を「たのしい」と感じる理由の一つかもしれない。AFTERHOURSは、海外のインディペンデントなアーティストを紹介してきたこれまでのネットワークを活かして、日本にはない海外のカルチャーコミュニティーの美点を取り上げているのだ。そうした海外の状況を知るにつれ、何故そんな面白そうなものが日本にはないのか、能動的に考える自分がいる。「事実」を語る雑誌が氾濫する中で、読後に自分が能動的になれる――「真実」を語る――雑誌など、そう多くは見当たらない。

大漉は元々、音楽・楽器専門出版社のリット−ミュージックに長年勤め、第一線で商業音楽誌の在り方を見つめてきた。本誌が「たのしい批評」という特集を組んだ背景にある「提灯記事」の氾濫について、大漉は次のように解説する。「バブルの時におかしくなったんだよね。一冊も売れなくても、十分利益の上がる雑誌作りっていうのが当たり前になったんですよ、あの時代に。印刷費や人件費など、すべてのコストが広告料だけで賄えて、なおかつ黒字になるっていう。逆にそういう雑誌作りをしない編集者は二流だという風潮が出来てしまった。今の編集者って、その頃に入社した人たちばかりでしょ。前の時代を知らないと思うんだよね。昔は結構いたんだよ、伝説の編集者みたいな人たちが」。その「伝説の編集者」の話を聞くうちに、とても根本的なことに気がつく。好きだから、やりたくて雑誌を作っているということだ。「リットーミュージックには、『Guitar Magazine』とか『Keyboard Magazine』とか色々な雑誌編集部があるんだけど、雑誌の発売日はズレているから、忙しい時期も別々なんだよね。でも、みんな居るんだよ、家に帰らないで。ぼくが徹夜で仕事してる時に、別の編集部、『Guitar Magazine』の編集者が、ギターをペレペレペレペレ弾きながら、『大漉、ジミー・ペイジを聴きたいかい?』とか言って、無理矢理聴かされる(笑)」。そんな話を聞いて、「ギター誌の編集者がギターを好きなのって、素敵ですよね」と思わず自分が漏らしたことに、違和感を覚えた。「メジャーレーベルのディレクターは本当に音楽が好きなのか?」という疑問が常態化してしまっているような状況なのだ、今は。それに対して大漉は「音楽が好きだとメジャーレーベルでディレクターの仕事はやってられないっていうのはあるよね、ばかばかしくって」という意見をくれる。確かに、お金や数字が価値基準になってしまうような組織の中にいれば、音楽を愛している者ほど苦しく感じるだろう。それは現場で仕事をしている「人」の責任ではなく、「会社」という組織、もしくは「業界」というより大きな枠組みの問題だ。だから今、業界とは距離を置いた「インディペンデント」な活動の中から、中身の詰まった面白いものが作り出されている。大漉自身、そうした組織のしがらみから抜け出してきた一人である。

大漉がAFTERHOURSを仲間と立ち上げてから、もう10年。この雑誌を作ることで生計を立ててきた。「ずっと一緒にやってきた松屋さんが、この前面白いことを言ってね。『AFTERHOURSを作ってて、10年間ずっと同じような作業を繰り返しやり続けている』って。それはネガティブな意味ではなくて、こういうことを続けられているのは幸せだね、っていう意味でね。それって、百姓と同じだなと思ったんです。春に田植えして、秋に収穫して、みたいな。毎年毎年同じことを繰り返すんだけど、良いなと思って(笑)」。嘘は書かず、自分たちが面白いと思ったことだけを形にし、待っている人に届ける。定価が1280円から2520円になっても、発行部数は落ちなかった。「続けてきた」という、そしてそれが「信頼されている」という、何ものにも代え難い財産をAFTERHOURSは持っていた。

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