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CINRA MAGAZINE vol.18 特集
「アートなんてわかんない」

美しい絵を見れば、誰だって「きれいだなぁ」とか「すごい!」と思う。でも、ぼくにだって描けそうな、キャンパスをただ真っ白に塗っただけの絵が何億円もしたり、便器を無造作に置いただけの作品が歴史的に評価されていたら、「なんですごいのかわかりません」と思うのが正直なところだ。でもって、その「なんで?」と思うアートにはそれなりの歴史や説明があるらしいけど、そんなうんちくを知らないとアートは楽しめないのか? いやいや、そんなはずはないのです。たとえば音楽だったら、ビートルズの良さはうんちくを知らなくたって楽しめる。じゃあなんで、アートはそうじゃないのか? というところは、これまであまり語られずに来ているように思います。便器を見て何を想いどう楽しむかはぼくの自由なのに、うんちくという答えを知らないといけないような風潮が、確かにある。

さて突然ですが、ぼくにとって、盗んだバイクで走り出した尾崎豊と、見えないモノを見ようとして望遠鏡を覗き込んだBUMP OF CHICKENと、20世紀初頭のオーストリアの作家であるエゴン・シーレというのは、ある意味同じです。尾崎やバンプの歌と同じように、シーレの曖昧で繊細な色彩と、途切れそうだけど力強い線で描かれた人物画を見ると、10代の頃手にしていた真っ裸な野心と欲望、とてつもなく敏感で不安定な自分、それでいてちょっと「世の中なんてよ・・・」みたいなシニカルが混ざったあの独特な、もう戻らない感覚が蘇ってくる。なつかしさと同時に、自分の原点や大切なモノを考えたりします。うんちくをご存知の方には怒られそうな勝手な解釈だけど、シーレの歴史的背景なんて知らなくても、彼の絵から受け取った印象を自分の思い出に結びつけたって良いわけで、それも立派なアートの楽しみ方だと思います。

アートの楽しみ方は1つだけってことはないでしょうし、ある作品を前にして、オシャレだなぁと思おうが、勝手に思春期を思い出してキュンとしようが、うんちくを楽しもうが、それはぼくたちの自由であり、アートが持つ自由なのだと思います。たしかに「アートなんてわかんない」けど、自分なりにわかってみればいいだけかもしれない。そういうわけで今回の特集を作るにあたり、アートを自由に楽しむために、3つの視点を考えてみました。パっと見たときの「見た目」、自分なりの勝手な「妄想」、そして美術史的な価値や作品のコンセプトを紐解く「文脈」、という超ザックリ3分類! それらの視点をきっかけに、まずはアートに触れ合ってみませんか?

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