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人もアートも出会ってみないとわからない
美術家、森村泰昌インタビュー

美術の教科書でいわゆる「名作」に出会うも、さして引っかからずに「わからん」と片付ける。それが普通なのであって、教科書をめくる度に「これは凄い! おお、こちらも凄い!」などと言える人間が「わかっている」のかと言えば、まずそんなことはあり得ないはずだ。
そもそも「アートがわかる」とはどういうことなのか。そんな出発点のお話を伺いたいと思い、世界的に有名な美術家、森村泰昌さんを訪ねた。「ゴッホがわからないから、自分がゴッホの絵の中に入ってみた」と言う森村さんは、自分で作品になってみる「セルフポートレート」という独自の表現手法で作品を作り続けている。身をもってアートの魅力を体感している方だからこそ、より深く「わかる」こともあるのではないか。大阪にあるアトリエにて、そんな期待を遥かに上回るアートの本質を教えて頂いた。
(インタビュー・テキスト:柏井万作 撮影:井手聡太)

森村泰昌(もりむら やすまさ)
1951年、大阪生まれ。美術家。京都市立芸術大学美術学部卒。1985年、ゴッホの自画像に自らが扮して撮影するというセルフポートレート手法による大型カラー写真を発表。以後、現在に至るまで一貫してセルフポートレート表現を追求し続けている。1988年、ベネチア・ビエンナーレの若手作家展アぺルト部門に選ばれ一躍世界から注目を浴び、以降、国内外問わず数多くの個展を開催。現在、20世紀の歴史をテーマに「なにものかへのレクイエム」シリーズを制作中。2007年度の芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。著書に『美術の解剖学講座』(平凡社)、『空想主義的芸術家宣言』(岩波書店)、『芸術家Mのできるまで』(筑摩書房)、『踏みはずす美術史 わたしがモナリザになったわけ』(講談社現代新書)、『「美しい」ってなんだろう?―美術のすすめ』」(理論社)などがある。
http://www.morimura-ya.com/

 

1回のお見合いで、相手のことなんてわからないでしょ?

―森村さんはご著書で、「美術」(森村さんは「アート」ではなく「美術」と呼ぶ)の楽しみ方をわかりやすく解説されていますよね。今回この『アートなんて解んない』という特集を作るにあたって、ぜひ作り手でもある森村さんからアートの楽しみ方をお伺いしたいと思いました。

森村:まず「アート」と「美術」は違うというのが私の立場なんですが、それはともかく、「美術」というのは、本来わからないものだということが重要だと思いますよ。たとえばイラストという言い方がありますね。イラストというのは、たとえば「楽しさ」だったり、何かしらを他の人に伝えるためのツールですから、「わかりやすい」。だけど、描く人がそこに想いを込めて描くと、それはイラストではなく1枚の絵画になる。どっちがいいとか言う話ではないですよ。でも、絵画になったら、確実に、よくわからなくなってくる。

―今のお話は、「デザイン」と「アート」の違いに似ているかもしれません。誰かに何かを伝えることを目的にしたものが「デザイン」だとして、「アート」とはどういうものですか?

森村:画家が30歳だとしたら、30年分の時間の堆積を持っている一人の個人が何かを1つの形にするのが絵画、あるいは美術かな。そんな人の心の中を、他人がわかるはずもありません。だって本人ですらわかっていないんですから(笑)。わかっていたら、絵なんて描かないと思いますよ。わからないから、こうでもない、ああでもないと思い悩みつつ描く。それが絵となってゆく。

―そもそもぼく自身、アートのことをよくわかっていない人間なので、どうしても何かアートを楽しむキッカケを求めてしまいがちです。たとえば絵の中に人なり物なり具象的なイメージが描き込まれていればまだ少しは楽しめるのですが、抽象的な絵画は掴みどころがなくて、わかりません。

森村:抽象的なイメージが描いてあるからわからん、具象的なイメージが描いてあるからわかる、というのを超えてね、「絵はわからないものだ」という大前提に立たないと、アートとか美術というのは余計にわからなくなる。「難しい」というのは、作品が生まれた背景などの予備知識が必要だからではなくて、人間一人を理解するのは簡単じゃない、という意味と同じなんですね。もし現在、「カルチャー」が全般的に人気がなくなってきているのだとしても、それは当然のことだと思うな。

―ただ、同じカルチャーと言われるものの中でも、音楽は人気がありますよね。

森村:そこには、「芸術」と「芸能」の違いがありますね。芸能とは「人々に広く行きわたることがめざされている世界」、芸術とは「深く行きつくことがめざされている世界」と著作に書きましたが、ぼくはその2つが文化の両輪だと思っています。今の音楽というのは限りなく芸能に近いものだと思いますし、芸術全般が、芸能に近いほうがわかりやすくていいんじゃないの? という考えになり始めているのかなとは思います。

―おっしゃる通りだと思います。作り手は売れないと生活が成り立たないですから、売れる為に芸能的な「わかりやすさ」が必要なんじゃないかという話になることは多いです。認められないことで作り手が悩む場面も何度も見ていますし。

森村:「理解してもらえない」なんてへこたれるよりも、「俺は理解されないことをやってるんだ」と自慢した方がいいと思うけどなあ。人類の歴史が始まって以来、どれだけ沢山の画家や彫刻家が生まれてきたかと想像してみてください。だけどほとんどの芸術家は、誰にも認められずに死んでいった。芸術だけの話ではなくて、たとえば戦争で死んだ人も全然浮かばれていないよね。多くの屍がある。そのことを真剣にとらえるなら、芸術ごときで認められずに死んでいくのなんて、「当たり前」と悟らないとね。
ただ、偶然に何かの御縁で「認められる」人が出て来てしまうんですね。でもそうなったのが自分の才能だと思い込むのは「おごり」です。本当に、沢山の屍に感謝する以外にはない。

―基本的には理解されないし、理解できないものだということですね?

森村:美術館に行って最初からわかるなんてことはあり得ません。どう芸術を楽しむかなんて期待するのはどうかなあとは思うのですが、ただね、わからなくて見ておくのは大切なんですよ。人間関係と同じで、とにかく出会っておくことは重要なんです。たとえば人間の場合はお見合いというものがあるけど、1回のお見合いで、相手のことなんてわからないでしょ? でも、AさんBさんCさんDさんと会って、その中でBさんが一番好き、なんてことはあるかもしれない。ところが数年経ってやっと、ああDさんはあんなに素晴らしい人だったんだ、というのがわかったりする。芸術もまったく変わらない。

―アートはすぐにはわからない、ということですか?

森村:「理解」には、それなりに長い時間を要するものと、瞬時にして感動的なものがある。瞬時にして感動的なものと言えば、音楽はそうかもしれないです。「お笑い」というのもまさにその代表的なものですよね。瞬時にわからない「お笑い」ほどつまらないものはない(笑)。でも、瞬時にしてわかるけど、瞬時にして忘れるものでもある。それはそれで大事なものなんですよ。
しかし絵というのは人間の生きてきた蓄積なので、要素が多様なんです。瞬時にしてわかるものではないんですね。そういう長い時間をかけてわかっていく面白さの豊かさというものを、見る人が必要としているかどうかにかかっているんですよ。でも、それが必要かどうかなんて、誰にもわからない。ということは、まずは「一度は観てごらん」。で、見てもわからん。それでいいんです。やがて10年くらいして、偶然なにか気がつく事があるかもしれない。豊かさってそういうふうにして生まれてくるものだと思います。

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ぼくは、その感動を「美」とよびたい。
その絵を感動的に思えて、ある種の美として意識できれば、
人は充分満足できるんです。

―森村さんのご著書『「美しい」ってなんだろう?―美術のすすめ』(理論社)はとてもわかりやすく美術の楽しみ方を教えてくれたと思いますが、先程おっしゃられた通り、「わかりやすいアートの楽しみ方」というのはやはりないんでしょうか? (笑)

森村:悪いけど、ないね(笑)。あの本は、ぼくだったらこういう見方をします、という一例にすぎないんですね。それが他の人にフィットするかどうかはわからない。楽しみ方は人それぞれなんです。ぼくの体験上の実例を示しているにすぎないから、じゃああなたはどうですか? という問いかけしかできないし、その方が豊かで面白い。あの本でぼくはドラクロワの絵を見て「登場人物の女性が裸なのは不思議だ」と書いていますが、「私はそうは思わない」という読者がいないと面白くないですから。

―「頭のなかをまっしろにして、絵の中の不思議を見つけ出してみよう」と書かれていましたが、そう言われると確かにアート作品は不思議だらけでした。

森村:確実に言えるアドバイスは、「これが当たり前だ」という先入観を疑ってみること。こういう意見が正しい、というのは疑ってみた方がいいと。「当たり前」を疑って見たときに、いろんなものが見えてくる。
芸術作品を作るというのは、「当たり前」だとされている事柄が、さあ本当に当然のことなのか? と問い直していくこと。

―この特集を作る過程で多くの作品に接しましたが、確かに自分が「当たり前」にとらわれていることに気がつくことが多かったです。

森村:そうだね。「当たり前」というのは、自分の中でわかっていることだから「わかりやすい」んです。「戦争を止めよう」というのは当たり前のことでしょ。それは誰にもでもわかっていることだから、盛り上がる。だけど本来芸術というのは、戦争を止めようというのをダイレクトなメッセージにするようなものではない。そうではない何かなんです。
先日スペインに行った時にゴヤの有名な虐殺の絵《1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での銃殺》を見ましたが、あれは「戦争はよくない」というメセージをゴヤが描いたとは思えない。ピカソの《ゲルニカ》だってそうです。もちろんゴヤもピカソも戦争に賛成しているわけではありませんが。

―どちらも「反戦」というメッセージを持っているとされる絵ですよね。

森村:《ゲルニカ》はイメージを抽象化しているので、残酷なイメージを描いていたとしても、悲痛なものはさほど浮かび上がってこないんですよ。だけど、確実にすごい絵なんです。絵として完成されていて、7メートルくらいある大きな作品なんだけど、いい意味でさほど大きく見えなかった。つまり大きさで勝負しているような駄作ではない。大きさを超えた絵としてのまとまりがある。練りに練られて、じつに美しくまとめられている。もう完全に油絵の王道です。《ゲルニカ》はゴヤの作品を意識して描かれていると思いますが、どちらも「反戦」という意図はあるとは思うのですが、絵自体がそれとは異なる次元にいってしまっている。だから名作なんですね。「反戦絵画」だから名作なのではない‥‥‥。

―「反戦」を超えて訴えかけてくるもの、それは何なのでしょうか?

森村:絵として、ただひたすら感動的なもの、としか言いようのないものです。ピカソやゴヤ、両方とも虐殺の絵ですけど、感動的なんです。こりゃなんやねんと。ぼくは、その感動を「美」とよびたい。その絵を感動的に思えて、ある種の美として意識できれば、人の心は充足する。そうすると、もう人殺しなんてしたくなくなります。それは凄いことです。芸術が持つ力です。今回スペインでゴヤとピカソの2作品を見た時に、芸術って人間にはやはり必要なんだなとあらためて確信しました。キャンペーンとしての芸術ではなくて、感動的なものを形にするということ、そしてそれが人の目に触れるというのは、大切なことなんですね。
ぼくも美術家として何十年も試行錯誤してきて、やっとこういうことがわかりかけてきた。二十歳のときにはわからなかった。長い付き合いをすることで面白いことがわかってくるというのが、芸術なんだと実感しています。

―二十歳の頃はわからなかったけど、森村さんがこれまで創作活動を続けて来られたのは何故でしょうか?

森村:繰り返しになりますが、「わからない」から。わからないから、なんだろう? と残ってくる問いがある。だから、続ける面白さがある。ぼくはずっとセルフポートレイトをやっていますけど、それが何なのかもまだわからないですし。
ぼくは1985年にゴッホをテーマに作品を作ったんですけど、それも「事故」としか言いようがない。出会ってしまったんです、ゴッホに。出会ったがために、ずっと付き合うようになるものがある。ぼくにとってゴッホがそれで、もう23年間も付き合っている。「ゴッホってなんだろう?」という、わからないからこその疑問から始まって、今は23年前とは随分違ったゴッホ像が自分の中にできて来る。出会っておくことが重要だというのは、自分のそういう体験があるからなんですね。出会ったがために、御縁ができちゃう。御縁ができたけどなんだかわからないから、頭の片隅にチラチラとその作品が居続けることになる。その中で、他のものを観たりしているうちに、ある時突然なにかがわかる瞬間がある。月並みだけど、それは、人生をかなり豊かにすると思いますね。

―「わからない」ということは、全然ネガティブなことではないんですね。

森村:わからないから、不思議がある。その不思議がドキドキさせる。「わからない」はネガティブなことではないんです。その「わからないという不思議」のタネをどんどん育てていけるといいですね。
<了>

 

INFORMATION

8月23日より東京都写真美術館にて開催される『スティル/モーション 液晶絵画展』に、森村泰昌作品が出展されます!

スティル/モーション 液晶絵画展
■場 所:東京都写真美術館(2階・地下1階展示室)
■会 期:2008年8月23日(土)→10月13日(月・祝)
■休館日:毎週月曜日(休館日が祝日・振替休日の場合はその翌日)
■会 場:2階・地下1階展示室
■料 金:一般 1,000(800)円/学生 800(640)円/中高生・65歳以上 600(480)円
※( )は20名以上団体および東京都写真美術館友の会、上記カード会員割引
※小学生以下および障害者手帳をお持ちの方とその介護者は無料
※第3水曜日は65歳以上無料
http://www.syabi.com/details/still.html

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