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徹底論考
「nhhmbaseがポップ・ミュージックの未来を拓く!」

(文:柏井万作)

いつからなのだろうか、新しく生み出されたはずの音楽たちが、どこかで聴いた音楽と大差のない、模倣品だらけになってしまったのは。「当たり前」に飼いならされてしまわないよう僕らの日常を刺激し、大切なことを忘れないよう気付かせてくれる。そんな音楽に出会う機会がどんどん減って、ただ面倒な日常を忘れるための、囲い込まれた安心感を享受するための音楽ばかりが求められるようになった気がする。

さて、読者の皆さんは覚えていらっしゃるだろうか? CINRA MAGAZINE vol.16の特集『いざ、オバサンと闘う』にて、セレブママに「ユーミン以来の衝撃/このメロディー、新しいわ」と言わしめたロックバンド、nhhmbase(ネハンベース)のことを。

そのポップなフレーズやメロディーでオバサンのハートを射抜いたネハンベースは、オバサンが証明してくれた通り、ポップ・ミュージックとして大衆を惹きつけるだけのポテンシャルを十分秘めているバンドだ。でもその一方で、ライブ中に出血して救急車で運ばれるなんて武勇伝を持ち、変拍子を多用する個性的な音楽を奏でるため、ポストロックやエモ、ハードコアといったアンダーグランド・シーンの中で熱狂的なファンを集め、語られる存在でもある。片やユーミン、片やアンダーグランド界の新星。よくよく考えてみたら、他に例をみないこの幅広さは何だろう? 以前から薄々感づいてはいたのだが、このネハンベースというバンド、ひょっとしたらひょっとして、音楽史に名を残す、偉大なバンドになるかもしれない。何だか大袈裟に聞こえるかもしれないけど、このバンドについて深く考察すればするほど、自分の中で高まっていく期待感に歯止めがかからないのだ。国境なんて関係なく、数千というバンドの音楽を聴いた中で偶然にも、日本にいるネハンベースというバンドに一番大きな可能性を感じ、ぼくは興奮している。

2008年7月2日、ネハンベースが初となるフルアルバム『波紋クロス』をリリースした。待ちに待って待ちくたびれた末、やっと手元に届いたこのアルバムは、たったの5日間で制作され、ラジオがインターネットに敗北寸前なこのご時世に、ステレオではなくモノラル使用の作品になっている。なるほど、相変らずあっぱれな問題児っぷりである。問題児過ぎていささかその作品に戸惑ったのも事実ではあるが、この「超」がつくほどの問題作は、妙に人懐っこい体温を持って、ストンと心に響いてくるから面白い。そしてやはり、このバンドが生み出した全く新しいポップ・ミュージックに興奮させられるのだ。不可解な点はあれど、傑作であることに疑いはなかったから、とにかくぼくはスタッフと共にネハンベースのインタビューを行った。そしてそこには、この問題作をどう捉えればいいか、答えを見出せず戸惑っているメンバーの姿があった。実際のところ彼らにとってもこのアルバムは、素の部分をさらけ出したあまりにも赤裸々な作品だったのだ。

結論から書くとそのインタビュー原稿は、自分たちの取材力の低さもあって、ここに掲載すべきではないと判断した。そしてそのインタビュー原稿を掲載するよりも、こうして自分の言葉で、自分が感じたネハンベースの魅力と可能性を語るという結論に至ったわけだ。だからここに、CINRA MAGAZINEでは初めて、1つのバンドの1つの作品のために、1つの徹底論考を掲載する。込み入った話もあるかもしれないが、どうかお付き合い願いたい。それでもって、実際にこの問題作をあなた自身の耳で聴き、この原稿が嘘か真かあなたなりにジャッジしてもらえたら幸いだ。

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キャプション
アー写掲載
nhhmbase
作詞作曲を手がけるマモル(ボーカル/ギター)、リーダーでありベースを担当する渡邊英輝、ドラムの川村文康、ギターの入井昇の4人によって、2004年に結成。渋谷を中心に活動する。2006年9月、& recordsよりミニ・アルバム『nhhmbase』にてデビュー。変拍子を多用しながらも、不思議なほどシンプルでポップな印象を与える楽曲と、ときに出血し救急車で運ばれるほどテンションの高いライヴを武器に、group_inou、トクマルシューゴ、OGRE YOU ASSHOLEらとともに、新たなアンダーグラウンド・シーンを作り上げる。2008年7月、川口賢太郎(54-71)とヨシオカ・トシカズのプロデュースによる1stフル・アルバム『波紋クロス』をリリース。
その他、いくつかのコンピレーションCDへの参加と、4曲入りの自主制作盤『nhhmbase ep』(廃盤)をリリースしている。

ジャケット写真など掲載
『波紋クロス』
2008年7月2日発売
価格:2,300円(税込)
YOUTH-052 & records

『nhhmbase』
2006年9月20日発売
価格:1,500円(税込)
YOUTH-001 & records
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革新的ポップ・ミュージックを紐解く
PLAY “コインゲーム”

さて、ここからが本題だ。具体的にネハンベースのどんな部分にポップ・ミュージックを切り拓く可能性があるのか考えていきたいのだが、その前に1つだけ、この原稿のタイトルにある「ポップ・ミュージック」を定義しておいた方がいいだろう。そしてそれは「売れる音楽」を指し示していると考えて頂きたい。「ポピュラー=大衆」のための音楽だ。

大衆なんて漠然としたものに受け入れられる音楽というのは、まさに漠然と、誰にでも楽しめる音楽でなければいけない。そしてそんな音楽に必要不可欠なのは、表現者としてのエゴだけではなく、「分かりやすさ」だろう。誰が聴いても「ノリがいいね!」とか「泣けるね!」とか「楽しい!」なんて言ってもらえなければ、共感も得られないし、会話のネタにもなれない。考え込まずに、聴いて即座に「分る」というのは安心で安全で、手軽に楽しめるからこそ大衆の音楽になり易いというのがよく言われる話だ。そして、たとえばそれがネハンベースのような「若者4人組ロックバンド」というイメージに紐づいたとき、求められるものは音圧のあるギターサウンドを武器に「カッコいい!」なんて言ってヘッドシェイクできるものだったりする。

では、ネハンベースの音楽はどうなのか。彼らの音楽は、ライブはもちろん音源でも、ギター2本と、ベース、ドラム、そしてボーカルという5つの音のみで構成され、それ自体はロックバンドの王道と言っていい編成ではある。でも変拍子を多用し、特殊なバンドアンサンブルでサウンドを構築する彼らの音楽は、決して「普通」ではない。それでも「売れたい」と公言することをはばからない彼らを端からながめれば、その明るくてキャッチーなメロディーを、分かりやすいバンドサウンドに乗せて届けた方がいいんじゃないか、とも考えられる。即座に分る、誰が聴いても「知ってる」感じを前面に押し出した方が、取りあえず間口は広がるわけだし。でもネハンベースは、そんなことをしないバンドなのだ。そんなことをしたら、他のバンドと変わり映えのしない、ウケたとしても一瞬で消費されていく音楽にしかならないことを知っている。だから彼らは敢えて、ロックバンドのほとんどが疑問も抱かずに自身の音楽フォーマットにしている4分の4拍子も、音圧や広がりのある王道的ギターサウンドも使わずに、新しいポップ・ミュージックの形を生み出そうと本気でチャレンジしている。

そんな彼らのチャレンジ、どんなところが他と違うかと言えば、ザックリ分けて2つ。1つは「変拍子」や「転調」を大々的に取り入れた楽曲そのものであり、もう1つは徹底的にシンプルな演奏によって構築されるバンドアンサンブルだ。

まずは「楽曲」について考えてみよう。普通ポップソングに「変拍子」や「転調」が用いられるとすれば、それは楽曲のあるポイントに「意外性」を持ち込む飛び道具的な手法であることがほとんどだ。たとえば、普段は2頭身のドラえもんが、ある1シーンだけ8頭身のモデルスタイルで描かれていたら、誰だって「あれれ?」と思わずにはいられないはず。それと同時に、次のシーンに現れたいつも通りのドラえもんが、普段より新鮮に見えてくる。おいおい、手がグーのままどら焼きを持てるのはオカシイだろう、なんてツッコミを入れたくなるくらい、普段なら違和感すら覚えないドラえもんのディティールを観察しつつ、その妙に愛らしい姿にうんうんやっぱりこれがドラえもんだよ、と相づちを打つだろう。変拍子や転調も「8頭身のモデルスタイル」と同じようなもので、2度3度と繰り返されるうちに慣れてしまったメロディーに、改めて新鮮な感動を与えるための飛び道具なのだ、普通は。ところがネハンベースは、彼らの代表曲“9/8”(曲が8分の9拍子だったことから、楽曲のタイトルになった)に代表されるように、飛び道具としてではなく、メロディー自体に変拍子を含んだ楽曲を生み出している。これは、かなり奇抜なスタイルである。

そんなわけで、「そもそもネハンベースってポップ・ミュージックじゃないでしょ?」なんてご指摘を頂いたりもするわけだ。ネハンベースはアヴァンギャルドで、アートを志向する、夢見がちな変態ロックバンドだと。まあ、そうなのかもしれない。でも、違うかもしれない。どちらが正しいなどと言う話は不毛だけど、ネハンベースが変拍子を多用するからといって、彼らの音楽が分かり難いかと言えばそんなことはないのだ。その演奏を聴いてみると分るのだが、とにかくネハンベースの音楽は、「これ、俺でも弾けるかもしれない」と思うほど、演奏するフレーズが単純で、分かりやすい。パンクバンド並みに少ないコード進行と、取り立てて難しくない単音のフレーズ。語弊を恐れずに言うと、世の中の高校生には、まずネハンベースからコピーすることを強くお勧めしたいくらい「簡単」だ。そしてその単純明快さが、キャッチーなメロディーを浮かび上がらせもする。ビートルズをこよなく愛するマモルの楽曲は、ポップなコード感とメロディーを忘れないし、たとえ拍子が変だろうとも、そのメロディーの親しみやすさは損なわれない。そうしてメロディーを軸に作り込まれたマモルの楽曲は十分「分かりやすい」し、リスナーにとって安心感のある予定調和を生み出すから、変拍子ながらもしっかりと「リズム」を感じさせもする。それをドラムの川村がしっかりと補完してくれるから、リスナーは不安なくリズムに乗り、ダンスすることができるのだ。変拍子を多用する個性的な楽曲ながらも、ネハンベースがポップ・ミュージックとして完成されているのは、この限りなくシンプルな演奏に依るところが大きい。

そしてもう1点、ネハンベースの個性として挙げたのが「バンドアンサンブル」だ。先程ぼくは失礼にも、ネハンベースの演奏を「これ、俺でも弾けるかもしれない」と書いたが、そんな単純な演奏でもリスナーを満足させてしまう秘訣がそこにはある。

たとえばクラシック音楽の交響曲では、ほとんどの楽器が単音のフレーズしか弾かない。というか、ひとつの音で旋律を奏でることを目的として作られた楽器であり、「交響曲」とは文字通り、そうしたひとつひとつの響きが交わることで「アンサンブル」を生み、1つの楽曲を成立させる音楽なのだ。だから各楽器の演奏は、ネハンベース同様にフレーズ自体はシンプルで簡単だ、と言っていい。

クラシック音楽にしろネハンベースにしろ、演奏自体はシンプルで簡単なのだが、それらの演奏を使ってリスナーを満足させる音楽を生み出すのは、演奏とは反比例して相当に高度なアンサンブルが必要になる。ネハンベースがたった4人で「交響曲」を編むというのは、それぞれのメンバーに確かなアレンジ力と楽曲に対する理解が無ければ成立し得ないのだ。そのアグレッシブなライブのイメージが先行してなかなか語られることは少ないが、4人による「アンサンブルの構築美」というのは、このバンドの魅力を支えているとても重要な要素であり、この高度な楽曲設計を手がけているのが、実際に建築の勉強をしていたこともあるマモルだ。その構築美について、少し具体的に書いてみよう。

音楽でも映画でもアートでも、「分かりやすさ」のスタンダードとして、一人の主役を周りの脇役が引き立たせるという方法論が確立されているが、ネハンベースはそのアンサンブルの妙によって、全員が主役であり脇役を担う。全員が独自のメロディーを歌いながら、5つのメロディーがぶつかることなく1つの楽曲を奏でるのだ。各パートは自分のメロディーを奏でながらも、複数人が同時に演奏することで、感動的なハーモニーを生み出しもするし、タイミングをずらすことで新しいリズムを生み出したりもする。リズムやメロディーが噛み合わなければすぐに崩壊する危うさを持っているわけで、その為にネハンベースは、マモルが設計図を組み立ててからステージで演奏するまでに、少なくともひと月は練習に徹し、各メンバーが互いの演奏を把握したり、自身のメロディーをどのように演奏するか考える。フレーズの音量や余韻の長短を検討したり、最も難しい「音を出さないという演奏」を体に叩き込む。そうした細かな部分の積み重ねによって、彼らの構築美が形作られていくのだ。

こうして作り上げられたネハンベースの音楽は、やはり相当な変わり種ではあるが、数え切れないほど存在する他の変わり種と彼らには大きな違いがある。彼らは、決して自己満足の末に変わり種になったわけではなく、「売れるため」にどんなスタイルが自分たちに似合うのか、大衆の存在をしっかり意識した上でその個性的なサウンドを見出した。売れるために必要なのは「分かりやすさ」だが、既存の「分かりやすさ」なんて、すでに消費され、飽きられ、形骸化する。その意味で、ネハンベースが独自の個性的な「分かりやすさ」を生み出したというのは、ポップ・ミュージックという消費スピードの早い業界において、生き残るためのひとつの正しい方法論だとさえ思うのだ。

この稿の最後に、分析ではなく個人的な感想として、何故ネハンベースが大衆に受け入れられると思ったのか、書いておこう。「普通のロックバンド」と一線を画す彼らのサウンドが、その出自も影響してか、「あれ、何か不思議な音楽?」とハテナマーク付きの印象で迎えられてしまうのは否めないし、そこで終わってしまうのならば、ネハンベースなど売れるはずもない。でも一度そのライブを体感してみれば、そんなハテナマークすら有効に機能することに気がつくのだ。知ってる感じ・知らない感じ、その二つを同時に浴びせられるという快感は彼らのライブ特有のものだ。難解であり明快。不満と満足を同時に感じられるから、満足した時の振れ幅が尋常じゃない。とにかくそれは、メチャクチャ!楽しい。初めて彼らのライブを観たとき、こんなフレッシュな喜びを与えてくれる音楽が、ウケないわけがないと直感した。

ファースト・フルアルバム『波紋クロス』

そして遂に、ネハンベースが生み落としたファースト・フルアルバム『波紋クロス』。今作のレコーディングは、プロデューサーに54-71のリーダー川口賢太郎と、ストロークスや8ottoなどを手がけたヨシオカ・トシカズ(エンジニアも兼任)という強力な二人を迎え、5日間でレコーディングからマスタリングまでの全行程を終えたという武勇伝を残している。この武勇伝、まさに異端児ネハンベースらしい逸話で可笑しくもあるのだが、その音を聴けば笑ってもいられない。なにせそのお陰で、彼らの「現在」が良くも悪くも露呈する内容になっているのだ。この原稿の最後に、そんな『波紋クロス』から窺い知ることのできた、ネハンベースというバンドの「現在」について触れておきたい。

さて、いきなり正直な話をしよう。今作を聴いた個人的な感想としては、ネハンベースの音楽は相変らず素晴らしいけれど、音源の作り自体には満足できなかった。彼らの構築美を、よりよく伝えられる音源作りが出来たのではないか。そんな疑問の余地が残ることは、彼らに対する期待の表れとしてしっかり書いておきたい。しかしここで問題なのは、何故そうはならなかったのか、ということだ。

ネハンベースもレーベルオーナーも、そもそも最初は前作のように、各楽器の演奏を細部まで伝えられるようなレコーディングを行うつもりだったし、実際に行ってもいた。しかし、そのレコーディングは難航した末に頓挫してしまったのだ。その理由としてマモルが語ってくれたのは「練習不足だった」ということなのだが、それなら練習すればいい話だ。でも、彼らにとってはそんな簡単な話ではなかったのだろう。練習することが、ではなく、アンサンブルを見つけ出すことが、だ。だから今のネハンベースについて一つ言えることがあるとしたら、彼らにとって自分たちの音楽はまだまだ不完全な部分が多い、ということだろう。

ところが、そうした彼ら自身の満足度とは別のところで、ネハンベースの音楽に熱狂している人間は増え続けている。たとえ細部まで完成し切れていなくても、彼らの音楽はぼくらの理性を吹き飛ばす強烈な刺激と、音楽に没頭させてくれる素敵なメロディーを持っているのだ。それを分っているからこそ、レーベルオーナーは彼らの完成を待たず、無理矢理にでもレコーディングを決行した。そうすることが、ネハンベースを次のステップに押し上げる早道だと考えたのだろう。

そして、事件は起こった

ネハンベースは最恐プロデューサー二人に拉致監禁され、プライドも、こだわりも「何それ?」と一蹴された挙げ句、「漢なら 死ぬ気で決める ワンテイク」を標語に、息づかいからミステイクまで、ことごとく録音された。そうして完成した『波紋クロス』は、身ぐるみはがされた赤裸々過ぎる内容のため、武勇伝というよりは暴露本に近い内容であり、本人たちにとっても大いなる問題作だったのは疑いようのないところだ。そして、尋常ではない作業期間で作られたこのアルバムは、演奏ばかりか音ですらほとんどブラッシュアップされず、素の状態のまま発売された。より「正確」に聴こえるよう編集・修正されるのが当たり前になっている今のご時世、この作りは過激過ぎると思わずにはいられない。その点は、賛否両論あって然るべき点だろう。

でも、そんなことはどうだっていいとさえ思わされるのだ。全員が一斉に演奏をし、それをそのままレコーディングしたこのアルバムは、ライブバンドとして叩き上げてきたネハンベースというバンド本来の魅力に満ちている。緊張感のある立ち上がりを通過し、次第に楽曲が盛り上がるにつれて、解放された4人の爆発は設計図に収まり切らず、自分たちで磨き上げた構築美を破壊してしまう。しかし、破壊されたからといって彼らの個性や魅力が失われるわけではない。それよりもむしろ、放出されたエネルギーは音楽を躍動させる血となって、その音楽の魅力を何倍にも増幅させているのだ。

結局のところ『波紋クロス』には、バンドそれぞれが別々に演奏し、解像度高く録音された前作にはなかった、「バンド」としてのネハンベースが封じ込められている。ネハンベースという「バンド」に存在する、4人のエモーション。それがなかったら、たとえ設計図通りに演奏されたとしても、つまらない音楽にしか聴こえないだろう。何故なら音楽って、表現されるものだからだ。人間が喋るのとロボットが喋るのとが違うように、コンピューターが楽譜通りに演奏したところで、音楽の魅力は膨らまない。言葉にはならない、頭では割り切れない何かを音に託して吐き出すから、音楽はぼくらをリフレッシュさせてくれる大切な宝物になり得るのではないだろうか。4人の男たちが、ありのままを暴露してしまったこのアルバムには、そんな人間くさい魅力が溢れ出しているからたまらなく響いてくるものがある。生きている生身の人間の体温。その温度感こそ、最も力強く大衆に響くエッセンスかもしれない。

そう考えると、確かに荒療治ではあったけれど、これが今のネハンベースにとって最善のレコーディングだったと思える。まだまだ、これは始まりでしかないのだ。不完全だからこその面白さもあれば、完成されることによって生まれる新しい可能性もある。この先のネハンベースがどんな音楽を作り出してくれるのか考えると、期待と不安でいっぱいだ。そうやってネハンベースはいつも、ぼくを翻弄し続けているのかもしれない。
[了]

余談:ちなみに『波紋クロス』、異例の好セールスを記録している模様です!!

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