CINRA.NET CINRA MAGAZINE CINRA RECORDS exPoP!!!!!

『電波少年』のTプロデューサー、
土屋敏男インタビュー

 

みんなが「当たるね」って言う番組なんて、
絶対に外れます

 

なんだかんだで、やっぱり、ついつい、どうしても見てしまうというのが「テレビ」の魔力かもしれない。この10年でテレビに双肩する「ヒマつぶしキング」に上り詰めた「インターネット」は、自らクリックしないと楽しめないメディアであり、「なんだかんだ」でも「ついつい」でもなく、「やったるぜ!」的積極性で自ら面白いものを探していくわけで、ついつい見ちゃうテレビの面白さは別格と言えるだろう。
ということで本特集の序章は、出演者に頼らず常識外の企画力で一世を風靡した番組『電波少年』シリーズの生みの親、日本テレビの土屋敏男さんにご登場頂いた。土屋さんは現在、日本テレビの動画ポータルサイト「第2日本テレビ」にも携わるなど、「テレビ」と「ネット」それぞれの現場を知る人物でもある。土屋さんの目には、今のテレビやネット、そして日本の「コンテンツ」はどう映っているのだろうか?

土屋敏男
1956年静岡県出身。1979年日本テレビに入社。
1985年にスタートした『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』で、若手ながらチーフディレクターに抜擢される。1992年、プロデューサー・演出として『進め!電波少年』をスタート(自身も「Tプロデューサー」「T部長」として登場)、1990年代を代表するバラエティー番組となる。現在は日本テレビ放送網編成局デジタルコンテンツセンター・エグゼクティブディレクターとして、動画ポータルサイト「第2日本テレビ」を手掛けている。
第2日本テレビ
http://www.dai2ntv.jp/

 

27時間テレビ』で、たけしとさんまが“違った”わけ

―最近のテレビ番組は、芸人やコメンテーターなどのトークが前面に出てきていて、『電波少年』のような、斬新な企画性で勝負する番組が少なくなってきているように思えます。

僕はテレビ見ないからわからないけど(笑)、同じように見える番組でも、じつは作り手側の人間性は出ているし、出演者は意識しているはずなんだよ。何が面白いか理解していない作り手の番組では、出演者も頑張らない。でも、「この人は面白さがわかっているし、自分と同じ感覚を持っている」と判断した場合は頑張るんだよね。番組には出てこないスタッフたちが、じつはとても大事なんですよ。
たとえば先日の『27時間テレビ』(7月26〜27日フジテレビにて放送)は、『オレたちひょうきん族』を担当した三宅さん(三宅恵介:フジテレビジョン役員待遇ゼネラルディレクター。2009年1月に定年を迎える(予定だった)ということで、最後の大舞台として『FNS27時間テレビ!! みんな笑顔のひょうきん夢列島!!』の総合演出を務め、明石家さんまはその花道を飾るため、19年ぶりに同番組の総合司会を引き受けた)がやったから、ビートたけしさんと明石家さんまさんはいつもとまるで違う面や、パワー、エネルギーを出していたよね。松本人志の『すべらない話』で出演者たちが頑張るのも同じで、企画自体もとても面白いものだと思うけど、松本人志に話すということがあるから、出演者は死ぬほど緊張してしゃべるというのがあるんですよ。

―番組の作り手によって、出演者のモチベーションも随分変わっているんですね。

人間って怠け者だから、楽できるところは楽しようとするわけ。やっぱりタレントってすごく大変な仕事だから、そうならざるを得ないところもありますよ。僕も深夜の放送で出演者側になることがあるんだけど、ディレクターから「これをやってください」と言われた時に、コイツの狙いは分かるな、というヤツと、なんにも分かってないな、というヤツがいますからね。僕なんかは勝手だから、面白くなければ「やらない」と言いますけど、タレントさんはそうも言えないから、何とか面白くしなきゃいけないんだろうね。でもつらいだろうなと思うよ。

―面白いディレクティングになるかそうでないか、というのは、どのあたりで分かれ目が出てくるのでしょうか?

それはもう、面白いことと面白くないことの差について、これまで何百時間考えてきたか、ということによるよね。才能でもなんでもなく、そういうことが好きでずーっと考えられるやつは、ちゃんとした判断力を持っているからね。好きじゃない人がやれる仕事ではないですね。

―好きだから頑張れるわけですもんね。

僕の尊敬する先輩で、他部署から異動してきた社員が「よろしくお願いします、頑張ります!」と挨拶したのに向かって、「バカが頑張ると迷惑だからやめてくれる?」って言う人がいるんですよ(笑)。たしかにその通りなんですけど(笑)。でもね、バカだのなんだの言われても、やっぱり好きだからやっていくやつじゃなきゃダメなんです。頑張るから役に立つようになるんであって。まあ、そこで頑張らないヤツもなかなか見所があると思うけどね(笑)。頑張ればなんとかなるっていう仕事じゃないし、頑張るっていうのはやっぱり好きだからというのが、コンテンツの作り手として必要な部分ですね。

 

→NEXT
テレビ業界からの転職を考えた。その覚悟が生んだ『電波少年』
_____________________________________

「テレビは向いていないんだ」って転職を考えた時期もあって、最後に自分が本当に面白いと思うものを作ったのが『電波少年』だった。

―『進め!電波少年』は、常識外の企画で多くの視聴者にインパクトを残した番組でしたが、どうしてあそこまで思い切ったことができたんでしょうか?

『電波少年』をやるまでは何の実績もなかったんですよ。僕も関わっていた『元気が出るテレビ』はテリー伊藤さんの企画だし、それまでには『ガムシャラ十勇士』という誰も知らない番組を失敗させ、ダウンタウンが東京デビューした番組も失敗させた。だから35歳までは七転八倒だよね。「テレビは向いていないんだ」って本気で転職を考えた時期もあって、それなら最後に自分が本当に面白いと思うものを作りたいと思ってできたのが『電波少年』だった。

それまで考えられていた「テレビって、こういうもんだよね」という常識から外れたことをやるのは、成功の保証は無いしリスクが高い。そうした中で『電波少年』を作れたのは、身を投げ出せる意欲と、最後までやり切る執着力が、たまたまそのときに自分にあったからだろうね。誰かに向かって「こういうことやったら面白いと思うんだよね」と言うのは簡単だし、やり始めることも出来るんです。でも重要なのは、何年もやり続ける執着力を持てるかどうかがと思いますね。

―前例の無いリスキーな企画に対して、周りからの理解はあったんですか?

たとえば猿岩石がヒッチハイクでロンドンまで旅する企画、あれは無名の新人をオーディションして猿岩石に決定したんだけど、企画段階では30人くらいいるスタッフ全員に「何言ってんの?」って言われましたね(笑)。そのとき面白いと思っていたのは僕だけだったんですよ。
実際に放送がスタートしてから最初の一ヶ月は低迷していたし、視聴者からは猿岩石よりも松村の「アポ無し取材」を見せてくれよ、という意見が強かった。でも放送始めて一ヶ月くらい経った頃、ラオスに入る国境のところで猿岩石に渡した10万円が尽きてね。そこで始めて視聴者から「ひょっとしたら面白いんじゃないか」という声が聞こえてきたんだよね。

―その後は大ブレイクでしたね。でも、理解されるまでには時間がかかったんですね。

そういうものなんですよ、コンテンツって。始めからみんなが「きっと当たるね」っていうものは、絶対外れる(笑)。過去のテレビの歴史を見ても、本当にそうだもの。マーケティングをして「視聴者はこんなものを観たがっている」という結果が出て、それをやってうまくいくことなんてあり得ないんですよ。要するに、何が見たいかなんて、誰も気がついてないんだよ。ある人間が「自分が見たい」と思うものを作って、それを時代が共有するかどうか。

―土屋さんは『電波少年』以降も様々な番組で成功していますが、それは「時代が共有する」ものを作れたからですか?

『電波少年』で実績ができたから、それ以降に『ウッチャンナンチャンの世界征服宣言』や『雷波少年』などの番組を作ることができたわけだけど、僕だってそれが受け入れられるかどうかなんてわからなかったよ(笑)。わからないから作るのは面白いんだと思うけどね。
だからいま僕の企画にお金を出してくれる人がいるかどうかというのは、今までの打率だけだよね。100%は当たってないし、もしかしたら3割きってるかもしれない。もちろん自分なりに面白い企画を考えたら、企画書を持っていって説明はしますよ。でも最終的には「コイツがそう言ってるんだから、ひょっとしたら当たるかもしれない」ということでしかない。

 

「自分にとっての100点を作ったら
アメリカ人には絶対わからん」(松本人志)

―自分が面白いと思っている企画を押し通す力が、現在のテレビ業界、ひいては世の中全体を見て、弱まっていると感じられますか?

弱まっているね。日本人のゆるやかな衰退は、間違いなくある。戦後日本は地理的、あるいは歴史的な奇跡によって、みんなが豊かになるという現象が起きたわけです。豊かになることが当たり前で、その当時の子どもたちは、父親が何をしているのかは分からないけれども、今日よりは明日のほうが豊かになるんだ、という感覚を持ってきていた。だから、そうじゃなくなってきた時に、対応する力なんてあるわけがない。5、6年前中国に行った時に、向こうの若者がギラギラしているのに、日本の若者はそうじゃないな、と感じたことがありました。

―日本社会の状況が、テレビ界にも必然的に影響を与えてきているわけですね。

でも、日本のコンテンツ力というのはすごく高いんですよ。日本語というこの国でしか使われていない言語を使ってコンテンツを提供してきて、そこの消費だけで十分賄えてきた。この非常にレベルの高いコンテンツを、世界に輸出するべきなんです。間違いなく商品になるし、そういうことはどんどんやっていきたいと思っていますね。

―土屋さんはかつて、松本人志さんと「アメリカ人を笑わしに行こう」という企画もやっていらっしゃいましたね。

そうそう。その時に彼は「自分にとっての100点を作ったらアメリカ人には絶対わからん」と言いましたね。だから、65点を100%の力でやるんだと。ちなみに彼が監督した『大日本人』という映画は、日本人のために作った作品で、理解できるレベルというのはすごく高いところにある。いま公開している『崖の上のポニョ』や『スカイ・クロラ』にしても同じです。自分たちの何年か手前のレベルのものでも海外では十分に通用するくらい、日本のコンテンツ力は高いと思いますね。

―なぜ、日本のコンテンツはレベルが高いのでしょうか?

作り手の自由度が高かったからだろうね。それとやっぱり豊かだったから、いろんなところで生きていけた。アメリカ人ほどビジネスを最優先しないんですよ。アメリカは100人お客がいるとすれば、それを105人、110人と増やしていくことに必死になるんだよ。ところが日本人は100人で食える、となれば、その100人をもっと面白がらせようとするわけ。だから日本のコンテンツって面白くなってきた。アメリカのスタンダップコメディアンがやっているネタって、いまだに人種ものなんですよ。メキシコのやつはこうだとか、イタリア系はどうだとか。50年も100年も変わってない。それでずっと観客は笑うから。日本はもっと深いところに笑いが行くし、どんどんバリエーションが増えてくる。それが日本のコンテンツが面白い理由じゃないでしょうか。

 

NEXT
Yahoo!は「自分たちは何を伝えるべきか」をハナから考えていない
_____________________________________

コンテンツって何の為にあるかと言ったら、生きるのに必要はないけど、生きる意味を与えるものなんだと思います

 

―土屋さんは、「第2日本テレビ」という動画ポータルサイトを手がけるなどインターネットメディアについても考えていらっしゃると思いますが、ネットメディアのコンテンツについてはどうお考えですか?

コンテンツには、それを作る「技術」という面と、「ビジネス」という面に加えて、「表現」というブロックがあるんです。多くのネットメディアの人は、コンテンツを作るというクリエイティブな面に眼を向けようとしないで、「技術」と同じように、「表現」も発注して作れると思っているわけね。
でもそんなことだと、さっきの出演者と作り手の話じゃないけど、「コイツどうせ分かってないんだから、まあいいや」と思って誰も一生懸命やらないよね。なんでも面白いね、という人間に、本当に面白い企画なんて持っていかないよね。

―テレビは発信する側の内部に作る人がいますが、ネットはそれを外注しようとするから、「表現」が軽んじられているわけですね。

「表現」にはジャーナリズムも含まれるんですが、たとえばYahoo!のトップページを見るとニュースがありますよね。だいたい7〜8項目ぐらいあって、すべての時間において、7項目めは芸能ニュースです。最近は新聞を取ってない人が多いから、世の中に起こっていることでこの7つのニュースしか知らない人っていうのも多いわけです。で、経済のニュースなんかクリックしないから、芸能を押す。
でもジャーナリズムというのは、そうではないわけですよ。自分たちは何を伝えるべきか、というところでニュースを構成するわけだけど、Yahoo!はハナからそれを狙っていない。もちろん全部が芸能になっているわけではないから、ジャーナリズムとしての意識は多少はあるわけですが、新聞なんかとは構成が全く違います。新聞の一面に芸能の記事がきたりはしませんよね? そのページが社会への入り口になっているという人たちがどれだけいるのか、送り手側の人間が責任感を持って意識しないと、ジャーナリズムとしておかしくなってしまう。そういう意味で、技術とビジネスの部分だけが肥大化していると思うんですね。

―技術、ビジネス、表現。3つのバランスがコンテンツには必要なんですね。

人間って衣食住があれば生きていけるんだから、エンタメなんて本来なくてもいいものなんだよね。じゃあコンテンツって何の為にあるかと言ったら、生きるのに必要はないけど、生きる意味を与えるものなんだと思います。受け手の喜怒哀楽をコンテンツが引き起こし、心を揺り動かすことで人間を精神的に豊かにする。それを意識しないでコンテンツを作るというのは、作る意味を間違えている。だからコンテンツ産業において、「技術」と「ビジネス」はもちろんだけど、「表現」を欠いたら意味がないと思いますね。

―これだけ様々なメディアが発達しても、やはりテレビの影響力は絶大です。最後に、もっとも影響力を持つ「テレビの責任」について、どのようにお考えですか?

確かにテレビっていうのは、東京ローカルで考えても、視聴率1%につき37万人が見ているんだよね。他のメディアに比べていま現在も圧倒的なリーチがあって、その影響力に対する責任はあります。いわゆるヤラセということへの責任もあるが、新しいエンタメを生み出す責任がある。それができなければ、お客さんはゆるやかに離れていくだろうね。だから攻め続けないといけない。いま流行っているものをまた作ればいい、というのは大きな勘違いであって、新しいものを作らなければならないと思っています。

<了>

 

自動でウィンドウが開かない方は
コチラをクリック!