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巨匠ism 
〜余は如何にしてクリエイターとなりし乎〜
第3回:伊藤ガビン

【本文】

 

 

【見出し1】「文脈を変える」ってことが、遊びとして好きなんです。

 

 

―: 今回の巨匠は、さまざまなメディアでコンテンツ開発を手がけている伊藤ガビンさんです。パソコンホビー誌『ログイン』で編集者として働く間に、現代美術作家としても活動し始め、独立してからは「パラッパラッパー」のようなメガヒットゲームの開発にもかかわっていらっしゃいます。最近ではWebで本が作れるサービス「BCCKS」〔※target_newでhttp://bccks.jp/にリンク〕の立ち上げに参加したり、「NNNNY」〔※target_newでhttp://nnnny.jp/にリンク〕というデザインユニットを組んだりされているという話ですが、まったく正体がつかめないですね。少年時代から変わった子だったんですか?

 

伊藤: えーと、つまり子どものときのことを話して、それが今の仕事にうまく結びつくストーリーになればいいですよね(笑)。 

 

―: 結びつきますかね?

 

伊藤: ま、そういう風に持っていくように話せばですね。なるべくつながらないようにがんばりたいと思います(笑)。僕は子どものときの記憶があまりなくて、観ていたテレビ番組の内容は一切覚えてないんですよ。気に入ってた冗談とかギャグとかはいくつか覚えているんですけど、やっぱり今と趣味が同じなんですよね。

 

―: ずっと変わらず? 

 

伊藤: たとえば僕、小学校の卒業アルバムに将来の夢として「鉄腕アトムになりたい」って書いたんですよ。これ、すごくわかりづらい話で。っていうのは、僕の世代にとっては「鉄腕アトム」って既に相当古くさいものだったですよ。リアルタイムで観てないし。さらにテレビアニメのヒーローに「成りたい」って書くのは、小学六年生としては幼稚すぎるでしょ?つまり、時代と、自分の学年を2重にずらしたことを書いてたんですね。「後から読むと意味わかんねえだろうなあ」みたいな気持ちもありつつ。

 

―: ひねくれた子どもだったんですねー。

 

伊藤: て書かれちゃうと、人聞き悪いじゃないですか!つまり「文脈を変える」ってことが、遊びとして好きなんですよ。それはたぶん、編集という仕事に直結していると思う。結局、2mmくらいバランスを横にずらして、何かを変える仕事をいまやってると思うから。……ちょっと話がつながっちゃいそうだな。まずいですね(笑)。

 

―: では、つながるかどうかわからない話でいくと、空手をなさってたんですよね?

 

伊藤: やってましたね、小学校3年生くらいから。「燃えよドラゴン」が流行る前の年に始めたから、空手をやってる小学生はほとんどいなくて、道場にも「子どもの部」がないし、小学生は2人くらいしかいない。けっこうハマって週3日とか行ってたのかな? 家から4、5km離れたところだったから、親に送ってもらったりしつつ。

 

―: 空手のどこが楽しかったんですか?

 

伊藤: 一つは身体がみるみるうちに変わっていくとか、そういうことです。あと僕、体育の成績はよかったのに、球技がものすごく苦手だったんですよ。野球では補欠だったりして。僕は矛盾しているものが好きだから、そういうのも自分的には面白いんですけど、遊びとしてはつまんないわけです。で、空手をやってみたらすごく楽しかったんですね。

 

―: 身体運用系の運動は好きそうですよね。空手をやることで自分本来の趣味嗜好を探り当てられたというよろこびもあったのかも。

 

伊藤: またうまいことまとめて〜。でも、違うと思います(キッパリ)。今日は時々これをはさんでいきますから。

 

―: いいですよ、どんどん流れを壊してください(笑)。そんな感じで空手はしばらく続けていたんですか? 

 

伊藤: そうですね、でも小学生の間だけですよ。中学に入ったら、空手部の先輩が気持ち悪かったんですよね。汗臭いし。それで部活に入りませんでした。

 

―: では中学時代、空手に代わってハマったものは?

 

伊藤: やってることは今と変わらないですよ。中学・高校時代は寮に入っていて、6年間一切テレビが観られなかったんですね。友達と遊ぶしか娯楽がない。だからずっと、遊びを発明し続けるわけです。それでだいぶ鍛えられましたよね。僕がものすごく濃く鍛えられた経験は、そのときと『ログイン』に入ったときです。

中学・高校のときは相当くだらなかったですね。後になって美術が好きになったりするんですけど、そのときやってた遊びを思い出すと「あれって美術だったの?」みたいな。夜中に公衆便所の掃除とかしてたんです。『東京ミキサー計画』みたいに。みんな黒ずくめで、花を飾ったりして。遊びもだんだんそういうふうになっていっちゃうんですよね。あ、いま急に思い出したけど、友達たちとビルの樋を登ったりしてました。ちゃんと山登りのかっこうをして、屋上まで登る。まあ、寮の樋を主に(笑)。危険ですよね。 

 

―: その場に居合わせたら、ぜったい止めますね。 

 

伊藤: あと「今日のデザートのぶどうは全員残しておけ」みたいな話をみんなに回して、それでワインを造ろうぜ、みたいな(笑)。当時はネットがないじゃないですか。「ワインってどうやって造るんだっけ」「なんか踏んでなかったか?」……で、とりあえず踏んで、ビンに詰めて。匂いを嗅いでみるとアルコールっぽくなってきた……とまあ、そういう感じですね。原始人がいろいろ発見していく過程を、6年間(笑)。 

 

―: 何もない中で面白い遊びを生み出して、周りを楽しませる、という感じですかね。 

 

伊藤: 先輩たちが伝統的にやってたんですよね。「八甲田山」という映画、あれを観た後に窓を全部開けて寝たりするんですよ。真冬なのに(笑)。中1で入ると先輩たちがそういうことをやっていたから、「すげーな先輩たちは! 俺もああいうことを考えられるようになろう」と思ったんじゃないですかね。 

 

―: ははは(笑)。編集者になりたいと思ったのもその頃?

 

伊藤: そうですね〜。……。

 

―: もともと本をよく読むほうだったんですか? 

 

伊藤: どうかなあ? いや、読書家じゃないですね。今も読みはしますけど、速度が出ないんですね。マンガやネットもずっと見てますし、インプットしかしてないですよ、アウトプットはゼロです。 

 

―: それはないでしょう(笑)。インプットとアウトプットの時間の比率は? 

 

伊藤: 100対1くらい。

 

―: アウトプットの濃度がすごいですよね、濃ゆいのが一瞬で。 

 

伊藤: いや、ほとんど産業廃棄物ですよ。インプットがそのまんま出てるだけですからね。全然濃くはしていないですよ。

 

 

 

【見出し2】ダジャレでトランスしました。

 

 

―: むりやり話を戻すと、ちょうど中高あたりで秋山道男さんに憧れて編集者を志したとか。「先見日記」〔※target_newでhttp://diary.nttdata.co.jp/diary2005/05/20050505.htmlにリンク〕でお書きになってたのを読みました。

 

伊藤: 書いてないです(笑)。「末井昭さんに憧れて」という話にしておいていいですか?

 

―: いきなり白夜書房ですか!

 

伊藤: 取材の前に僕がかつて書いたものを調べていただいたりするのは、ほんっとありがたいんですけど(そういう人少なくなってるし)、でも一度語ったことをベースに黒柳徹子的に取材を受けたりしてると、どんどんそこが濃くなっちゃいますよね?。秋山さんのお仕事大好きでしたけど、それだけじゃないので。今日は末井さんでお願いします!白夜は読んでましたよね。『写真時代』が元気だった頃だから。秋山さんは末井さんとともにスター編集者としてメディアにがんがん出ていて、何やってるかわかんなくて、怪しかったですね。すっごくヘンな現代思想Tシャツを売っていたり。ふつう編集者は後世に残るものを作りたがると思うんですけど、僕は捨てられちゃうものが基本的には好きなんですね。秋山さんは西友で配られて捨てられていくような雑誌を作っていたので、それに対する憧れはありました。

 

―: それで編集者になるわけですが、『ログイン』編集部には大学在学中に出入りするようになったらしいですね。具体的なきっかけは何だったんですか? 

 

伊藤: 誌面で編集者の募集をしていたんですよ。「次期主力ライター募集」というコンテストに応募したんです。僕は別にコンピュータ少年でも何でもなかったし、『ログイン』のコアなファンだったわけでもないんですよね。当時は『狩猟会』『月刊住職』みたいなあまり読まない雑誌を順番に買っていて、『ログイン』はある意味、そういうものの一つでした。でも、編集部に野々村文宏さんがいたのは、やっぱり大きいですね。あのころの野村さんは「新人類」として有名だったし。僕が入ると同時に辞めちゃいましたけどね。

まあ、時代的にはラッキーだったと思います。『ログイン』編集部は、今では伝説になっているような不思議な場所だったんで。あそこからコンピューターのゲームが盛り上がってきたし、ファミコンが出る直前だったから攻略本が生まれていく過程も見られたし。面白かったですね。

 

―: かなり影響を受けたでしょうね。

 

伊藤: 僕はそれまでオタクの人たちとぜんぜん関わりがなかったんです。自分にはオタク的な資質はあまりなくて、コレクションしたり、一つのことに集中したりできない。だから、編集部でそういう人たちと毎日一緒にいるような生活になって、それはだいぶ影響を受けましたね。 

 

―: みんな編集部に住んでいる感じ?

 

伊藤: そうですね、いましたよ、夜中まで。徹夜して深夜3時くらいになったら「カレー食いに行こうぜ」とか言ってタクシーに乗る、毎日のようにそんな感じでした。僕、『ログイン』に入る前は洋服も普通に選んで買ってたんですけど、周りがオタクの人ばかりだから買わなくなりましたよ。編集部に入って最初の3年くらいは1枚も買ってないですね。

 

―: 年頃を考えると、それってどうなんですかねえ。

 

伊藤:きっとみんな「オタクの人たちは洋服に無頓着」と捉えてるだろうけど、実際はそうじゃなくて、美学としてやってんだな、と。「ファッションなんてものには行かねえんだぞ!」みたいな。 

 

―: やっとわかりました。いわゆる「バンカラ」の変化形。

 

伊藤: そうかもしれないです。だけど、スペックでは買っちゃうんですよね。「レアなキャラがのってる」とかだと。

 

―: 洋服の買い方をはじめ、いろいろなことに対する基準が世間とは違う人たちが編集部には多かった、と。

 

伊藤: あと、ライターとして能力が高い人がいっぱいいたんですよ。僕の文章の師匠は、金井哲夫さんですね。その人が海外に行っちゃうから僕がピンチヒッターで入ったんだけど、それまで半年くらいの間に2人でだいぶ原稿を書いて、けっこういろいろ仕込まれて。「1行で1回笑わせろ」とか無理を言われて(笑)。それを今度は後輩に「1行で2回笑わせろ」とか増量して伝えたりして。ずいぶん勉強になりましたね。他にも水野店長、加川良さんとか。野々村さんもうっすらいたし。でね、その人たちが夜通しずっとダジャレを言うんですよ。その洗礼がすごかったですね。誰かが言ったら間髪入れずに言わなきゃいけない。

 

―: どんな感じのダジャレを? 

 

伊藤: それはね、残念ながら再現できないんですよ。みんな誤解してると思うんだけど、ダジャレって気の利いたひねりがちゃんとあったり、面白かったりすると全然ダメなんです。ほんのちょっとのズレだけを楽しむものなので。それは鍛えていると、すっごいスピードで出るようになるんですよ。人それぞれクラブに行って踊るとか、普通にメディテーションとか、まあ薬でとか、どこかでトランス的な体験をくぐってきてると思うんですけど、僕の場合はそれが完全にダジャレだったんですよね。あれは得がたい体験でした。

 

―: 初トランスがダジャレ(笑)!

 

伊藤: あれでいろいろ吹っ切れたんですよね。それまでは「面白いことを言ってやろう」という意識がちょっとあった。自分を自分以上に見せようとして上げ底的なことをどうしてもしちゃいがちだったんだけど、ダジャレを言っているとそういうのがなくなってくるんですよね。ダジャレで身体が浄化されて、きれいになっていきますよ。

 

―: (同行したCINRA編集長に)CINRA MAGAZINE編集部でもやりますか? 

 

CM編集長: やれるかなあ(苦笑)。

 

伊藤: トランス状態になるまでやるとやっぱり面白い……いい具合に何の話かわかんなくなってきましたね。

 

【見出し3】ゲームを作ると、毎回落ち込みますね。

 

―: ゲームを好きになったのもその頃なんですか? 

 

伊藤: ゲームは好きになったことないですよ。というかね、まあ嫌いじゃないんですよ。自分の能力――人と比べて自分はどうかなと考えると、僕はけっこう素人目線がキープできると思ってるんですよ。あんまりのめりこんで「好き」にならないというのが特徴なんです。だいたい何でも好きにならないですよ。いや、ちょっと言い過ぎてるかも。好きなものは、ある。だけど、ゲームを好きとは言いづらい。

 

―: 心から好きと言えるものは、意外と少なかったりする?

 

伊藤: ダジャレくらいですかね(笑)。たとえば僕、ゲームを買う時の自分内のハードルがすごく高いんですよ。マンガを読むのはやめられないし、CD3万円分、本5万円分なら余裕で買えるけど、ゲームは5000円より安くてもなかなか買えない。だから「俺はゲームが好きじゃないんだなあ」と思うんですよね。あ。あと僕は『ログイン』出身だし、ゲームが好きな人が周りにいっぱいいるじゃないですか。そうするとやっぱり好きになれないですよ。『remix』という音楽雑誌にかかわったこともあるけど、それからCDを買わなくなりましたし。 

 

―: 普通は逆のような気がするんですけど。

 

伊藤: いや、そんなことないんじゃないですかね。「僕が聴かなくても大丈夫だ」って感じになる。 

 

―: 「他にも聴いてる人がこんなにいるから」みたいな。

 

伊藤: そうそう。ちょっとマイナーな音楽とか、高校生くらいだと「これを俺が聴かなくてどうする」という気分もあるじゃないですか。「自分が助けちゃってる」「俺が背負ってる」ぐらいの使命感。だけどー大人になって音楽好きな友達がいっぱい増えると、みんな聴いているんですよ。それに僕の10倍も20倍も買うし。そういうのを見ていると、「俺はそんなに一所懸命買わなくていいな」って。

 

―: ははは(笑)。

 

伊藤: オークションサイトの「eBay」が始まったときもそうなりましたね。もともとコレクター気質はないんだけど、海外の古いコンピュータが好きで、何となく買ったりしてたんです。でもeBayでいつでも手に入るようになったから、「とりあえずおまえのところに置かしてもらってるけど」ぐらいの気分なわけですよ。買ってないのに(笑)。

 

―: そういう伊藤さんが『ログイン』にいる間、現代美術作家としていきなりデビューするわけじゃないですか。なぜ突然まったく違う路線に?

 

伊藤: 流れに身をまかせていただけなんですよ。椹木野衣さんが批評家に変身する前、まだ『美術手帖』(BT)の編集者だった頃、「連載をしてほしい」と声をかけてくれたんです。僕が『ログイン』で書いていた原稿を面白がってくれて。その後、椹木さんの仲間たちが「ハイパーリアル展」のキュレーションをしたとき、全体のバランスとしてはテクノロジー寄りの作品がほしい、だけどちょうどいい作家がいない、ということになった。で、「作ってくんない?」と言われたのが最初。それは発注が間違ってるんですよ。僕は編集者だし(笑)。でも、そういう誤解を受けたほうが仕事は面白いんですけどね。

そのときは挫折感を味わいました。面白かったけど、「やりきれなかった」という感じが残ったんですよ。造形物を自分で造らなかったり、いろいろあってくすぶったんです。それが面白かった。「自分はここで落ち込むんだ」みたいな。

 

―: ふだんはあまり落ち込まないんですか?

 

伊藤: 落ち込まないですね。落ち込むようなマジメさが足りないんでしょうね。「落ち込む」っていうことは、自分にとってそれが大事だっていうことじゃないですか。で、「自分は美術が大事だと思ってんだなあ」って気づいちゃった。美術作品って鏡みたいなものなんですよね。自分のやっていることがそのまま映し出されちゃうから、言い訳がきかない。「ショーウィンドウに映ってる俺、意外と太ってるじゃねえか」みたいな。それでちょっと落ちて、次をやらないわけにはいかなくなっちゃったんですよ。このまま放っておくと、ずっと抱えちゃうから。

 

―: 最初に受けた傷は、次の作品を作ることによって癒えました?

 

伊藤: 癒えてないな〜。このまえ森美術館でやった「六本木クロッシング2007」に出品したんですけど、あれに関してはそんなに落ち込んでないんですよね。でもそれは、やりきれたから、じゃなくて、単にそこまで自分を追い込めなかったということかもしれないですよね。今まで他の人の展覧会を散々手伝ってきてるし、手馴れてきちゃったんですよ。結果を予想できるラインができてて、そこより上までは無理やり持っていけちゃうんですね、技術的にも。だから、つまんないっちゃつまんないですね。作品自体は気に入ってるんですけど。

 

―: 本やゲームを作ったときにも同じように落ち込んだりするんですか?

 

伊藤: ゲームは毎回落ち込みますね。本に関してはそれなりに作ってはいるんだけど、落ち込み方が小さいんですね。だから、本はちゃんと落ち込めるやつを作らないとダメだと思ってるんですけど。

 

―: 「ゲームは毎回落ち込む」ということは、シナリオを担当された「パラッパラッパー」のときも……。

 

伊藤: すごく落ち込みましたね。あのときは並行してものすごいクソゲーを1本作っていて、どちらかというと時間をそっち側に割いていたのに、うまくいかなかったという思いが一つあって。もう一つは、何だろうなあ。他とはちょっと違うタイプの落ち込みかもしれないですね。「作ったものが売れたら満たされる」とみんな思っているかもしれないけど、そうじゃないことがはっきりしたというか。それはいろんな人が感じていると思いますよ。

 

―: 逆に「パラッパラッパー」で作り手として手ごたえを感じた部分は?

 

伊藤: 基本的には発明をしたいんですよね。そういう意味では「音ゲー」というジャンルを発明できたわけじゃないですか。うん、そこでは満たされてる。でも、それは僕の手柄じゃないんですよ。ロドニーさんの絵やラップという題材を僕はじゃっかん気恥ずかしいと思っていたわけ。歌詞も含めて全部英語で、とか。僕がディレクターだったらそういう選択はしていないですよ。でも全体のバランスとしてはうまくいっているし、みんなに受けた理由はそこにあるんですよね。

ストーリー的にはそうとう訳の分からないものを入れ込んであるし、ただの明るいゲームじゃない。できている部分はけっこう多いです。みんなで作ったゲームだから愛着もあるしね。けど何百万本も売れるようなド真ん中を僕の中で狙おうとしても、無理なところがある。……この話はややこしいですね。

 

【見出し3】クリエイター……じゃなくてもいいじゃん。

 

―: 今まで作ってきたコンテンツの中で、一番好きなものを挙げるとしたら?

 

伊藤: あー、ないなあ。今まで作った中で本当に気に入ってるものは……、あまり覚えてないですね。

 

―: では、今いちばん興味があることは?

 

伊藤: ああ、それは今やっていることですよ。いつも自分が気に入るものを作ろうとしてるわけだから。

 

―: 「作り手としてこれは絶対に譲れない」という信条は持っていますか?

 

伊藤: ないですねえ。何だろう、この連載には「クリエイターになりたい人を応援する」っていう趣旨があるらしいじゃないですか。クリエイター……じゃなくてもいいじゃん。何でクリエイターになりたいんですか?

 

―: 何でだろう。あの、伊藤さん的には知らぬ間になっていたという感じなんですか?

 

伊藤: なってる気もあまりないですけど、自分が接している「クリエイター」と呼ばれる人たちを見ると、がんばってなった人より、なっちゃっている人のほうが多いですよね。面白い人。「病」です。

モノを作ること自体はみんなできるでしょ。農家の人は野菜を作るし、お母さんたちはお弁当を、営業職の人たちは新たな人間関係を作ってる。どこで「クリエイター」と呼ばれる人と線引きされてるのかわかんない。「自分が作ったものを世の中に向かってパブリッシュするか否か」という部分かもしれないけど、外に向かって発信する敷居は低くなってるし、誰でもできるっちゃできるんですよ。それこそBCCKSみたいなものをお使いいただければ、今日からだって。そうすると、「クリエイター」と呼ばれる職業の人が必要かどうかわかんないんですよね。 

 

―: そうですねえ……。

 

伊藤:僕、お門違いな相談をたまに受けることがあるんですよ。「私はゲームを作りたいんです、何を勉強すればいいでしょうか」って。俺に訊いてもしょうがないのに(笑)。そのときに「とりあえず3年くらい消防士になってみれば?」と言うわけですよ。

 

―: ???

 

伊藤: そうすれば消防士のゲームが作れるじゃないですか。圧倒的に情報量が多いやつを。情報って「差」のことなんだから、どれだけそれを体験して身体の中に取り込めるかでしょ? ゲーム学校に入っちゃったら情報はないですよ。薬をやって捕まってみるとか、ヤクザになってみるとか、そういうのに憧れてしまう人もいますよね。無頼派の作家になってったり。でもそれは人が作った価値観の上に乗っていってるわけなんで。だから、消防士を3年やったほうが早いんじゃないですかねえ。本当に何か作りたいなら、それもありなんじゃないかと思うんですよ。

 

―: あはは(笑)

 

伊藤: 本当に人と違ったことがしたいなら、それも本当に簡単なんです。スーツを前・後ろ反対に着て、頭のてっぺんだけツルツルにするとか。でも、それはやらないんですよね。何でかというと、カッコ悪いから(笑)。……と考えていくと、「クリエイターになりたい」と言ってる人は、「カッコいいと人に思われて、お金も得たい」と思ってんだなあと、そういうところが気になる。どれくらい本気で「人と圧倒的に違うものを作りたい」と言ってんのかなあと思うんですよ。

 

―: 「自分が本当に欲しいものが見えていない」ということですかね?

 

伊藤: そりゃ、たいていみんなチヤホヤされたいで〜。「サインください」みたいな、そういうことを思い描いてたりしまっせ。それはそれでいいと思う。でも「どういうふうに、何がやりたいの?」と考えると、そこには何段階かステップがある。まず今まで見てきたものに憧れて、自分が作るものをそれに近づけたいというレベルがありますよね。

その次に、誰も作ったことがないものを作りたいというレベルがあるじゃないですか。そこはみなさん、ものすごくリスクを抱えてやっとるわけですよね。「ダッサー!」って言われる可能性があるわけですから。そこに行くかどうかじゃないですかね。そうじゃなかったら、よく見知ったステキなものをやっとったらいいんじゃないか。 

 

―: ご自身では「よく見知ったステキなもの」を作るのは避けていますよね。書籍だけ見ても『ジョンシンメトリー』『一九一九 二桁の掛け算』など、伸るか反るかのところを狙っている印象ですけど。それは「新たなジャンルを切り拓いていきたい」という思いから?

 

伊藤: うーんんん、全然違う。……うそ、合ってます合ってます(笑)。まあ、そうなっちゃうだけですよ。なんか最近ね、儲かりたいなって思ってて。

 

―: 年初に「日記まんじゅう」〔※target_newでhttp://frogtalk.jp/nikki/にリンク〕で宣言していましたね。

 

伊藤:そうそう。あれで「今年は儲からない仕事はやらない」って言ったのに、半年間ほとんどボランティアみたいなことばかりやってました(笑)。でも結局、やれることしかやれないですよね。だってお金を得たいなら、同じこと繰り返してやったほうがいいですよ。そっちのほうが効率いいじゃないですか。でもそうならないんですよね。

 

―: 「お金儲け」と「面白さ」だったらどっちをとりますか?

 

伊藤: もちろんお金儲け! と口が酸っぱくなるほど自分に言い聞かせてるんですけど。

 

―: 『1円も儲からずにTシャツを作る方法』という本をお作りになってるくらいですしねー。

 

伊藤: 別に「嫌儲」ってことじゃないですよ。面白いことと儲かることはぜんぜん矛盾しないと思ってるし、お金ある方が精神衛生上もよろしい感じがします。

 

―: そんな伊藤さんにとって最大のライバルは?

 

伊藤: あのね、友達と夜中に話してていちばん盛り上がるのは、「誰が嫌いか」という話なんです。「誰にカチンときた」とか、「誰の発言をきいてムカついた」とかを掘ってくと面白い。嫌いな人は絶対自分とかぶってるから。僕、だんだん他人に腹が立たなくなってきたんですけど、最近ではヴィンセント・ギャロにムカつきましたね(笑)。ギャロってけっこう器用な人で、展覧会をやったりしてるんですよ。で、友達が原美術館に観に行って、「面白かったよ」って言ってて。それで観に行ったら「なんだよコレ!」ってす〜ごいムカついて。友達が褒めてるから、さらにムカついて。まあ、そういう意味じゃ、ライバルはヴィンセント・ギャロですね。

 

―: 今日はどうもありがとうございました(笑)。

 

 

【プロフィール】

 

伊藤ガビン

1963年生まれ。大学在学中からアスキーのパソコンホビー誌『ログイン』編集部で働き始める。1990年にボストーク株式会社を設立、書籍ほかの執筆・編集、ゲーム開発、美術展のプロデュースなどコンテンツ開発全般を手がける。2007年、Webで“新しい本”が作れるサービス「BCCKS」の立ち上げに参加。2008年、グラフィックデザイナーの井須多恵子とデザインユニット「NNNNY」を結成。現代美術作家、美大教授でもある。

 

▼BCCKS

http://bccks.jp/

 

▼NNNNY

http://nnnny.jp/

 

BCCKS×リトルモア

「写真集公募展」開催中!

 

ただいま「BCCKS」はリトルモアと共催で「写真集公募展」を開催中。Web上で写真集の編集から応募、閲覧までできる新しい公募展です。人気デザイナー&写真家による審査で、大賞はリトルモアから出版。まずはBCCKS内特設サイト(http://littlemore.bccks.jp)で応募要項の確認を!

 

応募期間:

2008年8月8日(金)〜10月27日(月)12:00受付終了

 

審査発表:

2008年11月4日(火)?サイト上にて随時入選作品発表

     2008年11月28日(金)最終審査発表

 

審査員:

葛西薫、中島英樹、服部一成、松本弦人、宇壽山貴久子、梅佳代、大森克己、瀧本幹也

 

賞:

大賞1作品(リトルモアより写真集として出版)

部門賞(協賛企業賞、審査員賞など)

 

開催場所:

http://littlemore.bccks.jp

 

 

共催:株式会社BCCKS(ブックス)、株式会社リトルモア

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